あなたが最後では? その6(中)

 薄暗い一室に舞台は戻る。
 モニターに映るのは血まみれの四人。
「――面白い。面白い光景じゃな」
 出雲は先ほどから「面白い」ばかりを繰り返している。たいそう御満悦の様子だった。
「いや、つまらんな」風谷が毒づく。「映像のみで音声がないのが残念だ。お化け屋敷の時のように断末魔も拾ってくれれば、もっと楽しめただろうに」
「至らず、申し訳ありません。ただ、屋外ではどうしても雑音がひどくなってしまうこともありまして……」
 山浦の釈明に加賀の皮肉が重なる。
「つまらんのは、賭けに負けたからじゃないか? まあ、ほとんど当てずっぽうだったから、詮も無い話か」
「ふん。呆けておってハンターの指摘もできなかったやつに言われたくはないわい」
「なにを」加賀が腰を上げた。
「まあまあ、御二方。これはさすがに私も想定外でした」
 とりなす山浦。
 ――そう、想定外だった。
 だが、それでも山浦は冷めていた。
 最初はその異常な構図に少なからず驚いたが、左のイヤホンから届いた情報によって、すぐにそのからくりと目論見は看破できた。いや、正確には左のイヤホンから情報が届かなかったことによって、看破できたというべきか。
 浅野の死亡は報告された。
 遅れて、荒木の死亡も報告された。
 だが、イグレックとアッシュの死亡はいまだ報告されていない。情報がこちらへ届いていないのだ。山浦に情報が届いていないというのは情報が存在しないことと同義である。つまり彼らはまだ死んでいない。二人とも生きている。
 ――ハンターは変装の名手。
 名倉に成り代わったイグレックと飯塚に成り代わったアッシュは、今、二人とも『死体』に成りすましているのだ。
 二重の変装。
 タチの悪い冗談だな――山浦は控えめに溜息をついた。
 実際、ハンターたちも冗談のつもりでやっているのだろう。もしくはちょっとした遊びか。名倉と飯塚に成り代わったことによってのメリットが『観覧車に設置されていた的に、あまり不審がられずに接触できる』ぐらいしかなかったのと同様に、死体に扮したからといってメリットはほとんど無い。せいぜい御三方を当惑させることができる程度だろう。
 やはり、彼らはただ遊んでいるのだ。
 御三方にこの間抜けな事実を暴露してやりたい気分だったが、彼の立場上そうもいかなかった。
 ゲームの性質からいって、的や御三方は情報弱者でなければならないが――それにしてもハンターはあまりに情報強者すぎた。観覧車内線、お化け屋敷の構造図、遊園地内のカメラ・マイクの配置図、スタッフによる状況報告、山浦側からの連絡、そしてハンター間の通信――情報にあふれている。こんなふざけたことをやるのなら、モニタリング状況以外の情報はハンターに与えないよう設定すべきだったか。
 ……まあいい。
 二人が実際に死んでなかったのだから、良しとしよう。
 二人が本筋のところでうまく動いてくれるのならば、目をつぶろう。
「山浦君」
 不意に名前を呼ばれたので、山浦は思わず姿勢を正した。
「どうかなさいましたか、風谷様」
「そろそろ、画面を適当に変えてもらえんかね。十五分はとうに経っただろう。動いている的が見たい」
「そうですね。他の御二方はいかがでしょう」
「構わん」
 加賀が不機嫌に答える。まだ風谷への怒りが鎮まらないのだろう。
「出雲様は、この光景を大変気に入っておられたようですが……」
 山浦は出雲の方に目を向ける。
 風谷に加賀、そして二人に付き従う近藤と松下も、出雲を見る。
「確かに、面白い」視線にも臆せず、出雲は眼光を光らせて。「面白いが、いつまでも同じ死体を眺めていたところで、分からんものは分からんな」
「そうですか。それでは、御三方全員の合意を得られたということで――」
「その前に一つ」
 出雲が山浦の言葉を制した。
 空気がわずかに強張る。
「……何でしょう、出雲様」
「回答権は、ハンターが仕留めた的数とベット数が一致するまで――だったかな。よって、六人死亡に賭けた加賀の回答権はなくなり、全員死亡に賭けたわしはこれからゲームが終了するまで回答権を所有し続けるという認識で間違ってないかね、山浦君」
 訊かれた山浦は、頭の中でルールを確認する。
「はい、その通りです。もちろんハンターを指摘し損ねた時点で回答権を失いますが」
「当て続ければ、回答権は失われないのだな」
「いえ、それは違います。回答権はたしか一度のままだと出雲さまご自身が……」
「当て続ければ、回答権は失われないのだな」
「………………」
 出雲の眼。
 繰り返した意図。
「………………はい、失われません」
 保身のために山浦はルールを曲げた。
 どうせ、ルールに固執する理由もないのだ。風谷や加賀も、出雲には逆らえまい。
 そもそも、金を賭けているならともかく、人間をベットの対象とした賭けなどどうでもいい。勝ち負けにも興味がない。撃ち抜かれる的の数を予想することも、ハンターを見破ることも、下らないゲームとしか思えない。まして細かいルールやそれに伴う倍率変動なんて、仕事でなければ覚えるものか。御三方の持つ人質の相殺という裏の目的も自分には関係ない話だ。風谷、加賀、出雲――三派閥の確執や複雑な利害関係、それらも白石派に属する自分とは無縁の些事である。ひもといて語るまでもない。
 こんな茶番。
 こんな茶番は、個人的な出世の手段にしか過ぎない。
「しかし出雲様。私からも僭越ながらお一つだけ御注意申し上げますと、見破られたハンターは退場となりゲームから外されるので、もしもイレギュラーを含むすべての的とサポーターが仕留められる前にハンター全員――つまりレイン、エール、アッシュ、イグレック四体すべてを当ててしまった場合、全員死亡の方が成立しなくなります」
 出雲は『イレギュラーも含むすべての的とサポーター』に賭けていた。
 ハンター全員を指摘するということは、的がすべて撃ち抜かれる前にゲームが終了するということである。賭けの倍率を考えれば、撃ち抜かれる的数のほうを優先すべきであろう。あくまで、出雲がハンター全員を指摘することが可能だという仮定での注意事項だが。
「ふむ。三体が限界というわけか。まあ良いだろう」
 ハンター四体のコードネームが書かれたリストに目を通しながら呟く出雲。リストにはモニタリングで判明したいくつかの的の名前もメモ書きされているようだ。
「では、モニターの変更を……」
「いや待て。その前に一つ」
 また出雲か!
 先ほども一つと言っていたではないか!
 山浦は、再度進行を乱されたことに苛立つ。顔は無表情だが。
「何でしょう、出雲様」
「おや、賭けの進行を無理やり中断されたというのに怒らないのだな君は。呆けたかのように『その前に一つ』を繰り返しているこの爺に苛立ったりはしないのだな。こりゃ山浦君はできた人間だのう……それともあれかな、内心はらわたが煮えくり返っとるとかいうやつかな」
 何故か挑発してくる出雲。
 山浦には理由が分からない。
 なんなんだこの爺は。何が目的なんだ。どうして今になって挑発してくるんだ。何かが気に食わないのか。だとしたら、何が気に食わないんだ。自分が何かまずいことでもしてしまったのか。出雲の逆鱗に触れるようなことをしでかしてしまったのか。いや、いやいや、それはない。この自分に限って、そんな失敗はした覚えがない。
 ならば。
 もしや、あのことに出雲は感づいたのか?
 この耄碌爺に、気づかれてしまったというのか――?
「そう怖い顔をしなくてもよい、山浦君。ただの冗談じゃ」
「……はっ」山浦は焦っていて、表情を抑制しそこなっていた。「いえ、興趣を削いでしまったようで、大変申し訳ございません」
「おっと、それは誤解じゃな。存分に楽しませてもらっておるよ。ただ、あまりに愉快な気分だからか、つい言わんでも良いことを言ってしまったようだな。かっかっか」
「はあ……」
「本題に戻ろう」出雲はにこやかなままで。おどけるように。「モニターを変更する前に、ちょっくら運試しといきたいんじゃが、山浦君?」
「運試し……、ですか?」
「言い換えればハンターの指摘じゃな」


 まず、『小野寺』役の『レイン』。
 そして『鳥井』役の『エール』。


「………………」
 山浦は絶句する。
 出雲の指摘が正鵠を射ていることに。
 驚くべきは、単に出雲がハンター二体を同時に当てたことではない。小野寺、鳥井、レイン、エール。その四つの名前がこの場においてほとんど話題にされていなかったという事実が驚嘆に値するのだ。
 山浦は思い返す。小野寺という名は、確かお化け屋敷での会話で数回呼ばれていたような気がする。呼んだ人物はすでに小野寺ことレインによって始末されているが。そのレインというコードネームは加賀が『飯塚役のレイン』と誤って指摘したときに登場したきり。鳥井ことエールは遊園地の職員として的に紛れ込んでいたのだが、名札がモニターに映っただけである。エールというコードネーム自体は、観覧車を炎上させた張本人であるというのに、山浦が記憶している限りでは御三方が口にした覚えがまったくない。
 それにも関わらず出雲は正しく指摘してのけた。
 想定外。これこそ想定外であった。
 出雲――ただの耄碌爺ではなかったか。
「どうかな? 当たっているかな、山浦君?」
「……せ、正解です。小野寺役のレイン、鳥井役のエール、共に間違いありません」
「なんだと!?」
 大声をあげたのは加賀だった。
「インチキだ! 小野寺や鳥井なんて名前、初耳だぞ! 何かインチキをしたに決まっている、そうでなければ分かるはずがない!」
「こら、年長者に無様な口を叩くでない」風谷が加賀を叱責する。年功序列ということか。「しかしこの状況では、いくら出雲様でもイカサマ師の謗りを受けざるをえませんなあ。何せハンターは出雲様が手配した殺し屋なのだから」
「ハンターが誰だか分かるよう小細工したと言うのか? この儂がか?」
 出雲がぎろりと眼を向いた。
 険悪になりつつある空気。山浦は慌てて出雲のフォローをする。
「それはありえません。出雲様からは二十余名の殺し屋を紹介していただきましたが、どの殺し屋がハンターとして採用されたかは出雲様はご存知ありません。リストに書いてあるコードネームもこのゲーム専用のもので、出雲様の把握しているそれとは異なります」
 もっとも、より正確に言うならば、出雲の紹介した殺し屋など一人たりとも採用していないのだが。山浦は用心深い性格である。
「山浦君の言う通りじゃ」出雲は嫌らしい笑みを浮かべて。「儂がどうしてハンターを当てることができたか教えてやろうか? ……何、大したことはない、ただの勘じゃ。『適当に判明している名前を組み合わせてみた』だけじゃ。運試しと言っただろう? 風谷のやったそれと同じ。当てずっぽう。ただ、風谷は外して、儂は当てたというだけ」
「し、しかし……」
「負け犬は黙れ」
 辛辣な言葉を浴びせられ、黙りこくる風谷と加賀。
 事実、彼らは負け犬だ。
 すでにこの場の空気は、出雲が乗っ取っている。
 御三方が平等に所持するはずの権限を、独占している。
「……さて。的があとどれほど残っているかわからないが、ハンターの全人数から概算すると、あと一時間程度はゲームを楽しめそうじゃな。とりあえず『儂がモニターを変更して』、じっくりハンターを探すとするかな。奇跡が三度も続くとは思えん」
 それは、二度連続ならば奇跡を起こせると言っているも同然だった。
 そんな神がかった出雲に山浦は尋ねる。
 今は尋ねることしかできない。
「どの的を指定なさいますか?」
「そうじゃな……そういえば、サポーターが一人、まだ生き残っていたはずだ。そいつにしよう。三上とかいう名前だったかな」
「了解しました。ではこれから最低十五分間、モニターは三上を追います」
 山浦の操作によって、映像が血まみれで倒れている四人から暗い道に変わる。デジカメを抱えた大学生――三上の姿が映る。彼は独りで歩いていた。デジカメで撮った写真を確認しているのか、うつむいた顔がぼんやりと光っている。サポーター特有の明らかな証も見てとれる。アトラクションの外なので、音は拾えない。
 おそらく今ごろ、死体に扮していたイグレックとアッシュはまた別の姿に変装し、名倉と飯塚本人の死体を代わりに放置してまた入れ替わるつもりなのだろう。彼らの遊びを理解した山浦はそう推測する。
 サポーターは一人。
 ハンターは残り二体。
 的はいくつ残っているだろうか、さして多くはないだろうが。
 ともあれ、ゲームの終焉は時間の問題だ。
「かっかっか……最後の一人になるまでゲームが続くとして、その最後の一人――それがハンターになるかサポーターになるかは分からないが――どちらにせよ、そいつの顔を見てみたいものじゃな。モニター越しではなく、実際に」
 ――その時は遊園地の放送で呼びかけてみるとするかのう。
 呟く出雲は、三上を値踏みするかのように見つめている。



(担当・17+1)
アンカーです。(中)です。
どんどん長くなってしまいます。
後編は出来上がり次第投稿します。
ひとつの記事にまとめたほうが良いのでしょうか。