あなたが最後では? その6(上)

 惨状に山浦は冷めていた。
 鮮血をモニター越しに一瞥して。
 左のイヤホンからは絶えず情報が。
「一目瞭然ですが、念のために宣言をしましょうか――」
 ――これまで、撃ち抜かれた的は五つ。お化け屋敷で三つ。観覧車付近で二つ。それらの中にはモニターで確認されたものもあれば、そうでないものもある。殺戮が同時多発するこの状況で風谷、加賀、出雲に捨て置かれた的は、話題になることさえない。
 ただ、この『的当て/ハンター当て』の取り仕切りを行う山浦だけは、すべての的の状況を常に把握している。もちろん的だけではなく、的からサポーターへ転身した者も、ハンターたちも、今回のゲームに動員されたスタッフ一人一人に至るまで、みな彼の手中にあるのだ。
「六つ目の的が、撃ち抜かれました」
 だから、たった今死亡が確認された六つ目の的が、浅野という名前であったことを山浦は知っている。運送会社で働いていたことも、どこにでもいるような若者だったことも山浦は知っている。モニターを食い入るように見つめている男たちが必要としないデータなので、口にしないだけだ。
 また、浅野と共に行動していた名倉と飯塚が、実はイグレックと呼ばれる男とアッシュと呼ばれる女が成り代わった姿であることも山浦は知っている。本当の名倉と飯塚は、炎上する観覧車から脱出したものの、すぐに彼らハンターによって始末されている――そのことも山浦は知っている。それこそ賭けに興じる男たちが必要としているデータだが、もちろん口にはしない。
 本当の名倉と飯塚は、あくまで撃ち抜かれた四つ目の的と五つ目の的としてカウントされた。炎に包まれる観覧車を観賞していた誰もが、どうせ焼け死んだのだろうと短絡的に考えた。
 風谷。
 加賀。
 出雲。 
 どいつもこいつも耄碌しているな。
 そんな蔑みの感情をおくびにも出さず、山浦は演技を続ける。
「そして六つ目の的と同時に……いえ、やはり言うまでもないでしょう」
「ぼやっとしている暇など、まさしく皆無だったというわけか……」加賀が背後に立つ男を強く睨みつける。「おい松下、せっかく連れてきてやったというのにこの無能が」
「も、申し訳ございません」
 顔を紅潮させて五十がらみの男が頭を下げた。彼と風谷が従えてきた近藤という男は、車座の輪から外れて起立している。
「――面白い」
 出雲がにたりと笑みを浮かべた。
 モニターでは、先ほどから観覧車を背景に、浅野の死体が映し出されている。胸から腹の辺りと口元を血で汚して地面に横たわっている。両目は見開かれていた。
 そして、浅野のすぐそばに遊園地の制服を着た中年男性がうつ伏せになっている。背中の一点が赤黒く染まっている。右手が助けを求めるかのように伸びていた。彼が観覧車の設備管理を担当する荒木という男であり、また的の一つでもあることを山浦は把握している。
 そして、荒木が伸ばした右手の先には名倉と飯塚――イグレックとアッシュが寄り添うように倒れている。彼らの身体も血まみれで、指一本さえ微動だにせず硬直している。眠っているかのようなアッシュの横顔は、普通の女子高生が見せるそれにしか見えない。
 浅野。荒木。イグレック。アッシュ。
 血まみれとなった、四人の人間。
 二つの的と、二体のハンター。
 数十秒前まで、みな活動していた。モニタリングされた状況下で、つまり山浦たちの目の前で、浅野から順に崩れ落ちていったのだ。





 一方その頃。
 荒木と同じく閉園後の施設点検の担当となっていた男、吉川は独りで暗い道を歩いていた。観覧車から大分離れた地点で、炎の光もかすかに届いているのみ。
 彼は荒木とは違って、的ではない。
 だからといって、ハンターでもない。
 吉川は――現場スタッフの一人である。
 山浦への状況報告、不確定要素の排除、ゲームの停滞を防ぐための誘導・調整などが彼の主な役割である。ゲームの準備段階では、的候補の選別と拉致も担当していた。要は裏方。御三方にも的にもハンターにも干渉してはいけないし、気取られてもいけない。わざわざ催眠剤で眠らされて、的と共に管理室で目覚めるというのも、おそらくカムフラージュの一種だろうと吉川は判断している。少々効き目が強すぎたようだが……。
 手分けして異状を確認するという名目で荒木と別れてから、十分は経った。まだ彼は生きているだろうか。ゲーム終了まで、よほどのことが起こらない限り山浦側から連絡が来ることはないので、局所的な状況は端末で把握できても、全体の状況はわからない。彼ら現場スタッフの情報量はハンターにも劣るのだ。
「荒木も、悪いやつではなかったが……」
 呟く。
 なるべく思いを込めないようにした。
 しかし、無理だった。
 記憶の底から五年前がやってくる。巨大なテレビの中で悪夢を見ている。四角い窓の外の過去を見ている。平たい自分は狙われる的のよう。照準が。
「……こんなゲーム、ぶっ潰れればいいんだよ……!」いくら声を荒げても、通信を切っている今、吉川の叫びを聞くものはいない。
 吉川には、このゲームに参加した経験があった。
 的として――そしてサポーターとして。
 サポーター。
 それは的の中でもランダムに選ばれた者のみが転身することのできる役であり、一方的に殺戮される側である的が唯一ハンターに対抗できる方法であり、御三方が気紛れで設定したエンターテインメント的な趣向である。
 サポーターとなった的は、御三方と同様に、ハンターを一人だけ指摘することができる。ハンターの呼び名を知らないサポーターは、ただハンターを直接指摘するだけで良い。ただし、指摘する際に『御三方を楽しませることのできる』程度の論理的な根拠を必要とする。
 ハンターを見破った場合、ゲームは終了する。賭けも無効となる。その時点で生き残った的は開放され、サポーターは今後一生涯の生活を保障される。
 外れた場合、特にペナルティはない。ただハンターに殺されるのみである。
 吉川は五年前、的として――サポーターとしてゲームに参加して、そして見事ハンターを 見破ることができた。だが、そのときには既に吉川の他に生き残っている者はいなかった。その後、彼は『一生涯の生活の保障』として当該ゲームのスタッフになった。残りの人生を握られた。
 それで、現在に至る。
「……サポーターはまだ生きてんのか? 頼むから、当ててくれよ……!」
 そして、叶うことなら、今回で最後のゲームになってほしい。
 吉川は毎回そう願っていた。
 的に選ばれた者を眠らせるたびに、彼は罪悪感に囚われた。死の地へ送り出している自分を悪魔のように感じた。
 だから、彼はせめてもの償いとして、的に選ばれた者へ呼びかける。観覧車の特殊ゴンドラへ案内する時に、さりげなく。
『あなたが最後です』と。
 あなたたちで、この悪趣味なゲームの被害者は最後です、と。
 たとえ望みがないとわかっていても。
 たとえ相手には意味がわからなくても。
 吉川はその習慣をやめることができない。
「………………っ!」
 その時。
 吉川の進行方向の先に、若い男の姿が現れた。こちらに背中を見せている。振り向かれる前に吉川は身を隠す。干渉してはいけないし、気取られてもいけない。
 物陰から、端末で素性を確認する。
 若い男の名前は三上。大学生。
 明らかな証によって、サポーターだと判明した。





(担当・17+1)
アンカーです。
後編は鋭意執筆中です。
できあがりしだい前編とくっつけます。
今後の展開には何の要求もありません。