あなたが最後では? その5

「それでは風谷様、回答をお願いします」
 風谷と呼ばれた老年の男は、深く刻まれた皺を寄せ集めて渋面を作っている。
「なかなか難しいものだ、さすがは白石の者と言ったところか」
「ほれ、近藤。 風谷の能を発揮してみせい」
 爺に唆され、男は眉をひそめた。
「回答権は仕留めた的数と一致するベット数ですから、今からハンターがもう一人仕留めるまでの間となっております。 それまでにお答えいただければ」
 そう言ってほほ笑むと、山浦は手にしていたボールペンを仕舞い、風谷の方へ一度頭を下げて振り返る。
 モニタには明々と揺らぐ巨大な光の輪が映っていた。


 けたたましく鳴り始めたサイレンに荒木と吉川は飛び起きざるを得なかった。
「・・・・・・! な、なんだ?」
「分からん。 何で俺たちはそもそもこんなところにいるんだ?」
「っておい、もうこんな時間だぞ! まさか、俺たち寝ていたのか?」
 荒木と吉川はこの日、閉園後の施設点検の担当となっていた。そのため、全職員が帰った後も園内にある設備の破損などを調べて回っていたのだ。
「確か、南地区を回っていた所までは覚えているんだが・・・・・・。 なぜ俺たちは管理室で寝呆けているんだ?」
 吉川の質問に振り返った荒木の相貌は、遅刻しそうだったからと剃り残された頬髭も相まって、心なしか疲れて見えた。考え込む吉川の思考を断ち切るように、荒木が肩をすくめる。
「分からねぇ。 んだが、とにかく観覧車の非常サイレンが鳴っているんだ。 行くぞ。」
 2人が出ていった後の管理室で赤いサイレンが無機質に異常を警告していた。



 浅野はその場に膝をついて呆けたようにそれを仰ぎ見た。
 自分が今まで乗っていた客車が炎に包まれている。先ほどまでは動いていたが、動力がやられたのか、今その巨体は動きを止めたまま紅を纏っていた。
 石油の燃える嫌な臭いが鼻を突く。
 回り続ける客車の中で、浅野はいち早くその特有な臭気を認めると、他の客車にそのことを知らせた。12番はまだごちゃごちゃ言っていたし、カップルも混乱していたものの、それぞれ異常だということは察知して、取り敢えずは脱出するという結論に落ち着いた。
 それぞれがドアや窓を叩く音が響く中、異臭はやがて明かりを灯し始め、はっきりとその危険が各々に伝わった。
「浅野さん! 馬鹿なことは止めて早く火を消してください!」
「俺じゃねぇと何度言ったら分かるんだよ! 早く窓を壊して脱出しろ!
・・・・・・ったく。 それにしてもこの窓頑丈すぎるぞ」
 そうぼやいてドアにタックルを仕掛けた瞬間、軽い衝撃と共にドアが蝶番からはじけ飛び、浅野の身体は宙に浮いていた。
 地面に叩きつけられるようにして着地した後、体中が痛むのを堪えて浅野は振り返った。
「っ、おい・・・・・・。 名倉、飯塚、それと12番! 生きてるか? 返事しろ!」
「何とか・・・・・・大丈夫みたいです」
「飯塚がそれで済んでいるかどうかは怪しいけどな」
 そう声がすると、すぐ近くの木立ちから2人の人影が滑り出てきた。
 先程までの会話からすると、猫みたいな細い体型の男が名倉で、女としては少し背が高めの女がおそらく飯塚だろう。2人は服が煙にくすんで少し焦げていたものの、表立った傷はないようだった。
カップルは助かったか。 ・・・・・・12番は見なかったか?」
 2人は苦い顔をして否定する。ドアを蹴破ろうとしている時も罠だと言い張ってカップルに伏せたまま蹴破るように忠告し続けていた12番を思い出した。
「ったく、何で俺が名前も知らねぇ奴を狙わなくちゃならねぇんだよ。 馬鹿が」
浅野の口からこぼれ出た愚痴に、名倉と飯塚ははっとして立ち止まった。
「浅野さん、がまさか犯人なんてことは・・・・・・」
「だから俺は知らないって言っているだろ? なんで運送業者が人狙わなきゃなんねぇんだよ」
「でも、撃たれたって・・・・・・」
 苛立たしく舌打ちして、浅野は胡坐を掻き直した。名倉と飯塚はまだ疑っているのか少し距離を置いて名倉が飯塚を庇うように立っている。
「勝手にしろ。 ――っと、お前たちどっちか携帯は持っているか? 俺は忘れちまったみたいだから、持っていたら警察と消防車を呼んでくれ」
「え、・・・・・・あ、はい」
 飯塚が鞄から携帯を取り出している間に、浅野は自身の損傷個所を調べる。全身のあちこちに打撲ができていて、特に腕と膝下がひどい。腕は辛うじて回すことはできたが、足の方は捻挫も加わっているのか、長い距離を歩くのは無理そうだった。
「あ、・・・・・・捻挫ですか?」
「そうみたいだ、ったく。 ・・・・・・まぁ命があっただけましか」
 飯塚は携帯をしまい、代わりに白い布のようなものを取り出して手早く浅野の足首に巻く。断りを入れて靴を脱がし、しっかりと足を固定した。
「ありがとうな。 野球部かなんかのマネージャーか?」
「あ、はい・・・・・・。 サッカーの方ですが」
「そうか、野球も面白いぞ。 まぁ、ありがとうな」
 飯塚ははにかんで立ち上がり、名倉の隣に戻って腰を落ち着けた。
「おい、お前ら何やってるんだ!」
 怒声と共にこの遊園地の職員と思われる制服を着た男がこちらへ走ってきた。不精髭のせいかそもそも夜勤のせいか、やつれたように見えている。
「逃げるか?」
「無理でしょう、その脚じゃ。 それに逃げるともっとやばいと思いますよ」
「やめた方が・・・・・・いいと思います」
2人から真剣な目で言われて、浅野は冗談だと肩をすくめ、立ち止まった男に振り返った。
「とりあえず、事情を説明する。 それでいいか?」
「あぁ、・・・・・・逃げなければ、・・・・・・な」
 先程の冗談が聞こえていたのか、全力疾走してきたからなのか男はやけに険のある目で見下ろしている。
「まず、俺は浅野。 これ免許証な」
 無造作に放られた財布の様なものを受け取り、ペンライトで確認して男は投げ返した。
「俺は荒木。 ここの設備管理、担当だ」
 わざわざ設備管理を強調した辺り、相当腹を立てていることが伺える。心の中で舌打ちして浅野は肩をすくめた。
「荒木さんな。 とりあえず俺たちは最初、全員眠っていて、起きたら今燃えているあの観覧車の中にいた。 なぜか観覧車の客車のそれぞれで内線が繋がっていて、3つの客車には人がいることが分かった。 16番に俺、8番にそこに突っ立ってる高校生カップル、・・・・・・12番にも若い奴が乗っていたがまだ出てきていない。 とりあえず、警察と消防には連絡した。 あと、その若い奴が言っていたんだが他の客車から狙撃を受け・・・・・・」
そう言って、浅野は血を吐いた。
胸と口を抑え、顔を歪めて咳き込む。嫌な音がして次々と鮮血が溢れ返った。
「なん・・・・・・だ、これ」
 瞳孔がゆっくり開いていくのを、アッシュはぼんやりと眺めた。


「・・・・・・飯塚役の、レインで賭けるとしよう」
 眉根を寄せたまま、風谷と呼ばれた男が答える。
「飯塚役の、レイン。 これでよろしいでしょうか?」
 風谷は山浦をじっと見据える。
・・・・・・山浦の顔がわずかにも歪まないのを見て、風谷は肩を竦めた。
「残念ながらはずれです」
 風谷は憮然として額に手を遣る。
「そうか、白石の者を甘く見ていたようだ。
 それで、私の下に身柄を捕えてある白石の者は7人、解放する顔ぶれはこちらで決めてもいいのかね?」
「はい、あちら側はその条件で呑んでおります」
 山浦はわずかに頭を下げ、その隣へ向き直る。
「それでは加賀様、次の回答をお願いします」
「ほれ松下、ぼやっとしてる暇はないぞい」
 松下と呼ばれた男は既に顎へ手を当てたまま、モニタに見入っていた。
 また新たな鮮血が、燃える観覧車を背景に彩りを加える。
(担当・うつろいし)


1か月以上音沙汰なしとか俺終わってますね。
文芸のくせして期限守らないとかほんとすみません。
最後の方かなり焦って書いていたので盛大に愚だってます。
かなり設定に自己解釈加えたので筋が通っているか不明です。
次の展開に関しては口出しできるような存在じゃありません。
次は、満貫全席さんでしたっけ?かなり放り投げになってしまいますがお願いします。