あなたが最後では? その4

 窮屈なスーツの殻を破って出てみると、そこは暗い、通路のような場所でした。よく目を凝らすと、一面に白い煙が立ち込めていて、なんだか不思議な場所でした。
 目の前には男が一人、みすぼらしい顔で立ち尽くしています。
 何をそんなに驚いているの?
 あたしの顔がそんなに恐ろしい?
 まぁ、いいわ。とりあえず、言われた通りに仕事をしましょう。
 折よくポケットの中にコルトがあったので、すぐさま一発。乾いた音と醜い悲鳴とが折り重なって、すっごく心地よい。
 男は、自分の太ももから流れ出る血を信じられないといった表情で見つめています。
 とっとと逃げなさいよ。そんなんじゃ、なんにも面白くないじゃない。
 そんな思いが通じたのか、男は、足を引きずりながらも動き出してくれました。そうそう、歩くの。歩きなさい。そばにあった扉から必死に外へ出ようとする男の後ろ姿。ゾクゾクする。
 あたしは、ゆっくりゆっくりその後を追って、ウサギ狩りを楽しむ。
 意外にすぐ先はもう屋外へと通じていました。
 このまま逃がすわけにもいかないし、仕方なくあたしは、もう一方の脚も狙い撃ち。無様に倒れる様も笑える。
 非常口を抜けた芝生のフィールドはしっとりと濡れていて、にわか雨でも降ったのかしら? とあたしは関係ないことを考えてしまうのだけれど。
 まともに動けなくなった獲物に、もはや獲物としての価値はありません。それじゃ、てことであたしは……。


 幽霊女のハリボテから、噴き出た煙。俺が石をぶつけたからだ。それはわかる。しかしわからないのはそれが予想よりずっと早く、そして大量にあふれかえてしまったことだ。瞬く間に視界は白く閉ざされる。俺は慌てた。
 ただ、ぼんやりとかすんだ幽霊のシルエットから生身の若い女が現れた時にはまだ、俺は冷静さを失っていなかった。かえって安心したくらいだ。これで出口まで案内してもらえる。場内のスタッフだと思っていた。
 その希望的観測は突如として暗転する。電撃のように瞬間的な激痛。続いて響いた甲高い音が発砲音だということを、俺はしばらく理解できないでいた。脚から湧き出る鮮紅色の液体。ドロドロと染みわたっていく。痛い。
 本能が、逃げろ、と命じた。ガクガク震えながらもかろうじてからだが動いたのは、ほとんど偶然に近かった。倒れ込むようにして壁にすがりつく。ほの明るい表示が目に付く。非常口。
 あれこれ考えるより先に、逃げなければ。痛い痛い痛い。転がるようにして転がり出て、這うようにして這いつくばった。暗い廊下。狭い室内。悪夢のような状況から少しでも遠くへ離れるため、俺は走り続けた。
 実際には大した距離ではなかっただろう、ほうほうの体で俺は出口にたどり着いた。差し込む光はきらびやかなネオンの輝き。夜の遊園地。その幻想は、俺をこの狂気から救い出してくれるはずだと信じていた。苦痛、混乱、死の恐怖。唐突に目の前に現れたそれらが、どんなに強く俺の背中に追いすがっても、夢のキンダーランドが全てを夢に帰してくれる、そう思って……。
 がっくりと折れた下半身に、そんな陶酔は打ち砕かれる。意思に反して地に突っ伏した俺のからだ。立っていられない。
 見ると、今の今まで無傷だった左脚にまで大きな風穴が開いている。
 いったいなんだっていうんだ! これは何かのアトラクションか!? だとしたら、度が過ぎてる!!
 声にならない怒号が頭の中を駆け巡り、きつく見張った視線を後方へ向けようとした瞬間……。


 咲く血の花。芝生の緑に飛び散って、紅孔雀のよう。
 終わってみれば、あっけないものよね。人の命なんて。いつもそうだった。
 あたしはそこで初めて、すうっと感情が凪いだのを自覚して、ゆっくりと辺りを見回した。夜だ。深淵の時間。無明の孤独。
 嗚呼、観覧車が燃えている。きっとエールが上手くやったんだわ。
 燃え盛る炎の車輪。火の粉がこぼれ落ちる。ほうろり、はらり。ほうろり、はらり。
 いつまでも。命を燃やし。ほうろり、はらり。ほうろり、はらり。


 茶髪の、背の高い青年が足早に夜の園内を横切っていた。彼が外縁の垣根を回り込んで目にしたのは、一人の少女だった。炎上する観覧車を背景にして、じっとたたずんでいる。
 そして、彼女の足元には、つい今しがたまで生きていた、哀れな男、渡良瀬の死体。
「アッシュ」
 青年の低く鋭い呼びかけに、アッシュと呼ばれた少女は薄い微笑を返した。
「あら、イグレックじゃなくて?」
 既知の仲らしい二人には、この異様な光景と血のにおいを気にする様子は一向になく、ただ事務的に職務をこなす無感動な雰囲気だけが語気からは感じられた。
「ここはそいつで最後だ。全て処理し終わった。次に移るぞ」
「イグレック、そんなに急ぐことないじゃない。夜はまだまだ長いんだから」
 あくまで鷹揚な態度を崩さないアッシュだが、任務に忠実な傭兵は冷徹にそれを黙殺する。
「銃をしまえ。そろそろカメラが切り替わるはずだ。手筈通り、俺たちはこれからあの観覧車付近へ向かい、イレギュラーの参加者としての偽装をする。今後はその名で呼ぶんじゃないぞ」
「狼が、羊の皮をかぶるってわけ?」
 イグレックは手早くアーミージャケットを脱ぎ始めていた。二人して高校生カップルに見える服装へと着替えなければならない。山浦社長が指定した時間まであと三分なのだ。無駄口を叩いている暇も余裕もない。
「いいな、俺が名倉。おまえは飯塚だ」
(担当・カンパニール


 ごめんなさいごめんなさい。今の状態ではこの程度しか書けませんでした。整合性とれてるのかどうかよくわからん。
 要求というほどでもないが、だいぶ内容がタイトルと離れてきた気がするので、その伏線はなんとか終盤で回収すればいいんではとは思いますがそれ以前にこれちゃんと最後までできるんでしょうか不安ですねそうですね。