キャピタル・C・インカゲイン その5

――覚書


・特記事項
 名城線左回りで時間を遡行できるというのは事実で、適切な速度と遡行質量を合わせてやれば目的の時間に放り出されることがここまで一連の実験から明らかになった。
*詳しくは彼女の実験ノートを参照すること
 これを私の能力と応用させることで自由に時間旅行が可能となったため、CCI実験をより有利に進めていくことができるだろう。




・CCIプロジェクトについて:
 曰く、失われたキャピタルセントラだかを具現化させるには強力なエキセントラ力の回転と逆回転が必要。
 種をばら撒いてエキセントラ力を回収させ、成長させた種二つを上記の術式で用いて顕現を行う。
*種:プロジェクトガイドラインにおける能力被験者のこと。あるいはレターのことか。CCIプロジェクトを理解していく上で重要な鍵になるか。
 CCIプロジェクト実行の候補地としてセントラ資源だかが潤沢な日本が選ばれた。
 上記の点については遂行上必須情報として与えられた。
*詳しくはマネージャーレターを参照すること


……ただし、二人の調査をまとめると、
→調査した限りではCCI実験は過去に少なくとも一回は行われていて、その一つがNYで行われた件の惨劇である。
→前回行われた実験で最後の検体二人がキャピタルセントラ(通称ホワイトキャッスル)の出現と共に消失。
→ホワイトキャッスルの中は空っぽで知的存在は確認されなかった。しかし明らかに何かがいる、またはいた痕跡が随所に見られた。例)厨房では火が焚かれ、薬缶の様な物体が湯気を吹き上げていた等
*なお、現在少なくともNY周辺にホワイトキャッスルは確認できない。
→今回再実験が行われることを踏まえて上記の事を解釈するとNYの実験は失敗だったと判断されたのだろう。


……しかしプロジェクトに関して今だ不明な点も存在し、
→なぜレターによって自己能力の顕現が成されるのか。他人が触れた場合、能力が顕現しないのはなぜか。
→マネージャーレター中の不明用語、種、セントラポテンシャル、これらの点については調べた限りでは有力な確定情報はなかった。


・進捗状況
 "種" 回収率2割。素直に殺し合いをするよりもコミュニティを作る傾向。
内ゲバ作戦で対処中。

―――


「とりあえずこんなところかな」


 十六夜涼太はそのうだつの上がらないと良く後ろ指を差される風体と素行にしては珍しくよく働いた。いや、よく働くのは前からだがそこに十六夜は以前とは違い、一抹ながらスマートさを見出していた。上司の叱責に怯えながらゴマをすり、書類の山を黙々と仕分けていくという仕事はつくづく自分に合わない。
「まったく――」と溜め息を吐こうとして、調子に乗った思考をしている自分に気付いて毎度毎度の苦笑を吐いた。
 いつもの事ではある。が、その前に現実問題を片付ける方が先だ。
 改めてホワイトボードに書き写した筆記を眺めて確認しながら、十六夜は手近にあった柔らかそうな事務椅子に身を沈めた。相変わらず殿様商売はいい椅子を使っているようだ。
 後ろで幸せそうに仕事の夢でも見ているのだろうハゲおじさんは別格としても、その部下ですら並なら部長クラスのいい椅子を使っているのが羨ましかった。
 隣の席のヒラはそのまだ型に着られている様なスーツの着こなしから察するに今年新しく入った社員一年目と言った所だろうか。どこの企業でも新米は扱かれるのが運命なのだろうが、このヒラの疲れています感。言うなればモラトリアムを満喫した反動で泣き言を呟いて、本当のどん底を知りもしない。そういった上っ面の疲労感が少し癪に障る。無防備に晒された頬を抓んでやろうとして、


「お止めください」
「あ、……すいません」
「いくら改変できるからといっても、リスクは避けるべきです。違いますか?」
「……相違ございません」


 瀬戸内律子は十六夜がまた大人しく席に着いたのを見届けると、その静かな視線を切って何事もなかったかのように机の群れを横切って反対側の椅子に腰掛けた。ホワイトボードに一瞥を投げ、だがそのまま無言で名簿リストを差し出してきた。おとなしくそのまま簡単に繰ってみると少しだけ×印が増えているようだった。少しだけとは言ったもののここ数週間前の低調度合いと比べれば幾らか納得できる数と言えるだろう。


「……二週間で一割がどれだけ上げられると思う?」
「それについてですが、早速テロリスト関連で二人ほど種を回収できたと監視員の方から別途そのリスト外で報告がありました。後でそのメモも資料にまとめておきます。……要約して言うと、急進派が人員確保に動いて返り討ちにあったと言った様相ですね。既に内部では派閥が出来つつあるようです。段階進行が予想以上に早かったため中立派を急遽構成させ、組織内のバランサーに仕立てておきました。
 ……質問に対する返答ですが、データの予測は私とリーダーが最終決定者なので必要ないかと」
「それはさすがにつれないんじゃないか」
「……三割以上の回収率が見込めないようなら次の手段で行きましょう。
 もっとも、彼らには既に東京への召集を掛けさせたので役割は持ったと言えるでしょう」
「うん。あれはいい案だったね。ぱらっと見てみるとそこそこ集まってきているようじゃないか。出会う確率が上がれば回収率ももっとよくなるだろうね」
「元々人口毎に割り付けただろうと推測されるリストでしたので能力者が首都圏に集中しているのは当たり前ですが、それでも首都圏外の残存能力者が3割程まで割り込んだということは有効だったと言えるでしょう」
「すごいじゃないか。そこまで集められればそろそろ"狐狩り"で圏外の種を摘んじゃってもいいかな」
「そうですね。急進派に圏外の能力者を一部リークして餌にしましょう。中立派の勢力下にした後ですのでほぼ間違いなく食いつくかと」
「いいね。ただ急進派はさっき返り討ちにあったんだろう? 少し間をおいて建て直しをさせないと潰れかねないよ。
 ……そう、中立派は出来立てなんだろう? これからしっかりと舵になって貰わなくちゃいけないんだから、まずはそこへリークして彼らにテロリスト諸派へ伝えさせて、他勢力の信頼を集めるという流れはどうだろう?」
「――ん。なるほどいいですね。中立派の内、急進派とパイプのある者がいますので、彼女に伝える方向で采配をとっておきます」
「そこら辺はお願いするよ」


 目礼をするようにわずかに目を伏せると、瀬戸内はそのまま手元のファイルにメモを取り始めた。長めの睫毛が時折瞬いて、けれども十六夜はその冷徹ではないが柔らかいかと聞かれるとそうでもない、そんな捉え所のない面差しの中に、やはりこれといった感情を読み取ることはできなかった。
 ズボラなことは承知でいるものの、彼女は中々どうして心中が読みづらい。だからこその能力なのかもしれない。結局十六夜が彼女の足元にも及ばないほどズボラであるというだけだろう。


「君はいつも楽しそうだね」
「……そうでしょうか」
「いや、何となく」
「確かに今までにない計画を遂行中ですし、私が得た能力も遂行する上で非常に有用な能力ですからね。やり応えは大きいと感じています。
 ――それで」


 今度の目線はしっかりと酌むことが出来た。資料を机に置いてホワイトボードの前に立つと十六夜は自身と瀬戸内だけを"認識"した。飾り気のないアナログ時計が12時付近を指したまま凍りついたのを確認してから、十六夜は油性ペンを取った。


「さて、人生は短い。手身近に話そう」
「まずは噛み砕いてでいいのでセントラポテンシャルのくだりからお願いしても?」
「はいよ分かった。
 ――そう、前回のNYの件や名前から推測するとおそらくセントラポテンシャルというのは人間の意志、志向性と見ることが出来るだろう。
 例えばNYは世界経済の中心で、まあ俗な言い方をすればそれは信仰が集まっていたと考えることが出来るだろうね。中心的な。
 それでおそらくキャピタルセントラというのは、NYのタワー崩壊から推測すると、ポテンシャルを消費して生成されるのだろう。いや、言葉を流用すれば顕現と言った方が適切か。それで、
 ――うん、マネージャーレターに記述されていた手順については色々考えてはいるけれど全てひっくるめて術式としておこう。まあオカルトの延長ではあるから間違いではないだろうし、僕たちが調査してきたNYでも大した違いはなかったよね。
 とりあえず今回キャピタルセントラを顕現させるには何らかの中心的存在の生贄が必要なわけだ。
 ところがマネージャーレターの流れ通り東京で術式を進めて行くと、今でさえご覧の有様だよ。シンボルなんか丸潰れでおまけに言えばNY的な中心性はそもそも得られそうにない。黒幕さんは一体何を考えているのか知らないけれど、僕はそんなデタラメで仕事なんかしたくないから、今回のお話。名古屋遷都計画というわけだ」
「今の所私が把握している計画としては、名古屋の闇の首都化させ、種が淘汰された段階で新設の首脳陣に名古屋遷都を発表させ、ポテンシャルを一気に移すというものですね」
「そう。ただやはり、ただ遷都したというだけでは中心性が集まるとは思えないから、この国の経済や文化なんかの暗黙の中心性とでも言おうかな。そういうものを名古屋に植えつけておく必要がある」
「そこで、過去改変。と」
「そう。術式に必要な材料がないなら僕達で作ればいい。
 ――僕らは全力を尽くして名古屋にセントラポテンシャルを集めて、術式と同時に一気に崩壊させる。名古屋ごとね」


 時間は永遠にある。けれども人生はほんの一抹だ。でもこんな事にその一抹全てを掛けるというのもまた一興だと思う。ホワイトボードを消しながら十六夜はそこに上手くは言い表せないが、ありきたりに言えば惹かれるものを感じていた。


「過去が変わった結果、私達が私達でなくなったら?」


 彼女の伏せ目がちな眼差しは恐れだろうか。それとも怒りだろうか。あるいは表情の通りにただ思案しているだけだろうか……。


「変わったとしても今この瞬間が本物である、あったことは事実だよ」


 我ながらガキ臭い、刹那的な考えだとは思う。けれどもやっぱり社会の歯車の出来損ないなのだからガキ臭いのが当たり前だとも思う。


 彼女の瞳は中空を映して、……やがて怪訝に持て上げられた。


「大筋には同意しますが、その結果プロジェクト自体を失敗させるのでは本末転倒です。
 その辺りも含めて細心の注意を払ってマネジメントし、計画を遂行させるのが我々マネージャーの仕事ではないですか?」


「……ごめん。心酔していたよ」
「いつも通りですね。
 まずはプロジェクトを遂行する為に必要な遡行時代までの家系統を割り出してその環境が極力変化しないプログラムを組み立てる。これでいいですか?」
「……まあ、僕の苗字は今ではほとんどないそうだから辿るのは簡単だろうね」
「分かりました。早急に割り出してください。その際余計な影響を避けるため、遡行は使わずになるべく現実時間でお願いしますね。十六夜さんのご両親やご親戚、――戦後すぐまで遡れば十分でしょう。その時代までの体験談、行動等を正確に収集してください。
 あぁ、その際は可能な限り時間停止を使用して速やかにデータの提出をお願いします」
「……かしこまりまして候」
「こちらも最善を尽くしますので、十六夜さんも速やかにお願いしますね。
 二人のデータがまとまり次第、もう一度この場で打ち合わせ、その後再度ここの名城線管理センターを掌握し直してプロジェクト実行に移しましょう」


 最早二言はなかった。正直な所、能力なんか無くても彼女は十分にやっていけると思う。現にしてやられている。だがもう少し、


「そこまで言うなら分かったよ。実家の前まで正味0秒で帰ってやる」
「当然です。そうですね、私はついでに実家からちょっとしたワインでも頂いてこようかとも考えていますね」
「……了解しました」
「せっかくの新年ですからね」
「……」


 追い討ちを掛けるように要求していく(おそらく要求しているのだろう)と、彼女は手早く資料をまとめ直し、翻って机の間を奥へ進んでいった。


「さて、打ち合わせも済んだことですのでそろそろ時間を流して下さい。私も彼らの記憶を調整しないといけませんから」


 十六夜はいそいそと残りの資料を綴じて、ホワイトボードを元へ戻しに行った。
 ビルから外に出ると真冬の外気が目に沁みた。


「いち、に、さん」


 沁みている暇は与えられたかった。





* * *




 彼女は全てを与えられていた。
 彼女は全てを奪われていた。


 彼は彼女に全てを与えた。
 彼は彼女の全てを奪った。


 それでも彼女は全てを返して欲しくて、
 それでも彼は彼女の全てを手放したくなくて、


 だから彼女は彼に全てを与えた。
 彼は彼女の全てを許した。


 ただもう一度、あの頃に戻りたくて。





* * *




「えぇ、そう。稲玉士ってお馬鹿な子」
「……だが、やる気もない、能力も未知数。おまけに何を考えたか捜査が区内にしか手が回せない状況とはいえ、連続殺人事件の重要参考人と来た。これでは僕たちの仲間として加えるにはいくら僕でも頷きがたいぞ」
「別に加える必要ないじゃない。せっかくこちらがわざわざ出向かなくても名前と顔まで分かっちゃったんだもの。
 ――少し文通してみましょ?」
「F-G。僕たちは世界を救う使命を背負っている。裏切りや刃向かう者は禍根を残さない内に早急に切り捨てるべきだ。だからその稲玉とやらは君の情報を聞く限り十中八九処分すべき存在だ」
「けれども貴方はその為のカードがない」
「ぐっ……」


 確かにH-PもT-Rも、自分は今までで有力な同志を二人も失っていた。それも一人のガキの手によって。
 いや、正確には彼らの生命を奪ったのは自分だった。予め誓い合っていたこととはいえ、彼らの中の能力プログラムが作動してしまった瞬間というのは……。


「ええ、貴方の言っている事も最もよ。私達の理想は皆同じ。少しでも反れていたらその理想郷は崩れてしまう。
 けれども能力者というのは選ばれた素質のある人たちなのよ? 彼らをただただ邪魔者として処分してしまうのは神様の意に反しはしないかしら。
 ……きっとね。きっとよ? 多分神様は彼らを建国の礎にする為に、彼らに能力を与えたんじゃないかと思うの。つまり神様の下さりものよ。私達は大事な息子を、……いいえ彼を、彼女を捧げるのはもういいの。神様が山羊を下さったのよ」
「……」
「実は私の下についている子が幸い、彼が逃亡した先のネットカフェで彼とコンタクトを取っているみたいなの。彼女からいろいろ聞くといいわ。
 ――そうね、あと漠然とだけれどその子、他の能力者が分かるみたいなの。私を後ろに憑けておきますから、役立ててくれると嬉しいわ」
「……3ビル前にバンをつけておく。僕とあと、用心としてN-Wをつける。
 おそらく新入りだろう? N-Wは少し癖があるが同じ女性同士話が合うだろう」
「さすがB-Aちゃん。出来る男は違うわね」
「その稲玉とやらは君に任せる。どうせその文通とやらも僕だかに憑いたまま便乗して勝手にやるつもりだっただろう?
 それよりもその彼女の能力は興味深いな。詳しく教えてくれないか」
「まったく、B-Aったらすぐに手を付けようとするんだから。はしたないわ。女は謎がある方が魅力的なのよ?」
「知らん」
「つれないわねぇ」
「一人で勝手に釣ってろ」
「私も詳しくは聞いていないのよ。言ったでしょ? 女はお互いを少しずつ知っていくものなのよ」
「……もういい。明日9時3ビル。分かったな」
「女の子を待たせちゃ駄目よ」
「……君は僕をおちょくり過ぎないことだ」
「でも、B-Aちゃん前と比べるとずいぶん柔らかくなったわよ。前はロボットがナマモノになったみたいな子だったんだもの」
「……もう遅い。寝る」
「あらお休みなさい。また明日ね」


 振り向かなくても分かっている。あいつはきっと含み笑いのまま、その細い手を胸の高さで軽く揺らすように振っていて、そうやって僕をおちょくるのだ。




 だから彼は、彼女がその含み笑いに少しだけ切なさが滲み出てしまっているのに気付くことはなかった。
 彼女はこれから一人で彼らと対峙しなくてはいけなかった。
 多くのパイプを持つ彼女は、常に一人だった。




(担当:うつろいし)


 書いてみて……
 なんだこのカップル乱造機。しかも男共はヘタレばかりと来た。もう駄目だねお仕舞いだね。
 次は白霧さんです。あとはお願いします。