キャピタルCインカゲインその12(2)

 空は白く、澄み渡っている。肌を刺すような寒さが全身に染み渡る。だがまもなく、そんなことなど感じられないほどに、自分たちは熱く燃え上がるだろう。
「敵情はどうなっている?」
「すでに顕現したホワイトキャッスルより敵部隊が送り込まれています。どうやらこちらの動きに気づいたようですね。向かってきています」
 アレスの問いに、そばに控えていた男が目をつぶったまま答えた。
「やはりそうか。ならばこちらも、すぐにでも行動を開始する。先発隊、すぐに攻撃を開始せよ!」
 アレスの号令を受け、およそ百の戦士たちが雄叫びを上げた。そして彼らは北東へと向けて疾駆する。
「友軍は、この時代の軍隊の様子は?」
「はい。すでにあちらも行動を開始しているようです。いくつかの部隊は、すでに上陸しています」
 その言葉に、アレスはしっかと頷いた。どうやら、リコもうまくやったようだ。各国の上層部に暗示をかけ、ホワイトキャッスル顕現と同時にいち早く攻撃させる計画は成功だ。それこそ世界が滅んでしまうためさすがに核兵器は使用させられないが、それでも世界中の軍隊が一堂に会せば相当の力になるはずだ。キャッスル顕現直後で、まだインカゲインの戦力が出揃っていない今が最大最後の好機なのだ。この機を逃せば、人類に勝利はない。
 命など惜しくない。人類の未来のため、ここで戦い、勝たねばならない。
「行くぞ! 全員、進め!」
 その号令に、群雄たちの叫びが重なった。



 矢羽樹は目覚めた。
 手足を動かす。
 矢羽樹は目覚めた。
 周りを見渡す。
 矢羽樹は目覚めた。
 冴えない頭に、少しずつ認識が浸透していく。
 矢羽樹は目覚めた。
 霧が晴れるようにという言葉とはまるで違う、知っていたはずの真実の認識。
 矢羽樹は目覚めた。
 なぜそのことを知っていたのか、それはきっと、頭の中に情報として埋め込まれていたからだ。
 矢羽樹は目覚めた。
 肉体の死をきっかけに、あらかじめ与えられていた情報が扉を開けたのだろう。
 矢羽樹は目覚めた。
 真実は残酷だ、と思う。
 矢羽樹は目覚めた。
 そもそも、矢羽樹などという人間は、この世にはいなかった。
 矢羽樹は目覚めた。
 その名は、組織によって与えられた仮の名だ。
 矢羽樹は目覚めた。
 インカゲインよりこの世界に送り込まれた赤子には、本当の名前などない。
 矢羽樹は目覚めた。
 CCI計画を止めるために送り込まれたエージェント。
 矢羽樹は目覚めた。
 少数ながら存在した、侵略戦争反対派の切り札。
 矢羽樹は目覚めた。
 そのために、矢羽楓は利用された。
 矢羽樹は目覚めた。
 彼女が選ばれたのはおそらく偶然だろう。
 矢羽樹は目覚めた。
 そして巻き込まれたのは、楓の家族も同様だ。
 矢羽樹は目覚めた。
 真実は、残酷だ。
 矢羽樹は目覚めた。
 だが、やるべきことは一つしかない。
 矢羽樹は目覚めた。
 なぜなら、それだけか、自らの存在する価値。
 矢羽樹は目覚めた。
 誰でもない存在の、存在する意味なのだから。
 矢羽樹は目覚めた。
 この戦いを、終わらせる。
 矢羽樹は目覚めた。
 矢羽樹は、立ち上がる。
 九万九千九百九十九の、矢羽樹は目覚めた。



 およそ二万人の戦士のうち、先発隊はおよそ百人。選ばれたものには、もちろんそれぞれに理由がある。
 そのひとつは、高い機動力だ。より早く敵と接触し、戦闘状況に突入することで攻撃目標たる名古屋にできるだけ近い地点で戦線を構築する。
 対しインカゲイン側は、ホワイトキャッスルの仕様上単位時間に投入できる戦力が限られてくる。本来は十分な数の兵がこの世界に揃ったところで侵攻を開始する予定であったが、予定外に早い攻撃にあい、この世界に現れたものから即時戦線へと赴く状況となった。
 目下の敵は自衛隊、米軍およびその他の軍隊であるが、迫り来る脅威に対抗すべく、戦力の何割かが南西に向け進軍をした。
 そして両軍は、愛知、三重の県境付近にて激突する。


「たった一人で飛び込んできやがった」
 茜色の空に浮かぶ影を見て言う。現在、三つの河にかかった橋を巡って激しく攻防が繰り広げられているが、だからといってたった一人で特攻してくるとは。捨て身もいいところだ。
「撃ち落とせ!」
 その命令に、巨大な酸の塊が人影に向けて飛ぶ。しかしそれは空中で軌道を逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。そして人影が舞い降り、直後、そばにいた一人の兵士が両断された。
「まさか、おまえの能力は――」
 言葉の途中で、突如息苦しくなった。それでも何とか意識をこの世に留め、その男に向けて腕を伸ばし、杭を飛ばす。男は飛び上がってそれを避けたが、同時に息苦しさもうせた。やはり、男の能力は風。しかも周囲のものを窒息させられるほど扱いに慣れている。だが幸いにも、それができるのは近距離のみのようだ。だから、距離ができたら息ができるようになった。
 しかし、胸をなでおろしている暇はない。飛んできた炎塊を避け、男は再び地上に降り立つと、手近な兵士を切り殺した。
「隊長! 橋の守りがもうもちません! 突破されます!」
 叫び声が聞こえた。と、それを吹き飛ばすような轟音が響き、近くのビルの壁が砕ける。
 見えたのは、宙を舞う何十という銃砲。それらが同時に火を噴き、戦列が消し飛ぶ。空から無数の燃える鳥が舞い降り、隊列にいくつもの炎を撒き散らす。振り回された高層ビルがアスファルトの地面を砕き、放り投げられた手榴弾は何百にも増殖して金属片をばら撒く。
 これは、まずい。一人ひとりの戦闘力がまるで違う。敵は全員余裕で能力を使いこなしているし、なにより戦闘に特化した力を持つものばかりだ。すでにこちらの戦列は瓦解している。すぐにでも本隊に報告しなければ。
 そう思った刹那、巨大な鉄の塊が飛んでくるのが見えた。


 ホーマー・スターリングは烈火のごとき勢いで敵陣に突撃する。たった一人切り込むホーマーに向けて、閃光や炎が飛んでくるが、それらはホーマーの周辺の歪曲した空間によって軌道を曲げられ、彼に届くことはない。ホーマーが一歩地を踏むたび、前方の大地が槍となって突き出し、敵を刺し貫く。ホーマーの右手に持った剣が振るわれるたび、巻き起こった風の刃が敵を斬り殺す。ホーマーが息を吐くたび、生み出された異形の怪物が敵を引き裂かんと敵陣に突進していく。潮時か。そう思ったホーマーがアスファルトを強く蹴りつければ、たちどころに百メートルの距離を跳躍し、その軌跡に生まれた銀色の槍が敵の群れに向けて撃ち出される。ひとりの鬼のような顔をした敵が、その強靭な拳をホーマーに向けて振るった。さすれば、ホーマーはより強靭な左腕でそれを受け止め、右の剣でその敵の喉を裂いた。その直後、ホーマーの顔は鬼のようになり、さらに強靭になった拳がアスファルトに叩きつけられ、生まれた衝撃で周囲の敵が吹き飛んだ。そして、新たに手に入れた翼で空を飛び、空中より呪いの黒い雨を降らせる。
 ホーマーの能力は、殺した相手の能力を奪うことだ。ホーマーの使える力は優に五百を超えており、人類の最高戦力ともいえる。そしてそれは、彼らの背負ったものの象徴でもあった。


 何が起こっているのか、詳しいことはわからない。だけど、どこかから現れたなにものかに侵略されようとしていることだけはわかる。その事実があるならば、やることは決まっている。戦うのだ。守るために。
 北山卓司は横転した車を盾に銃を構え、引き金を引く。三発の弾丸はすべて一人の男に当たり、男は血を流しながら倒れた。
「敵が超能力者とか、エスエフかファンタジーの世界だよな」
「そこ、無駄口を叩くな!」
 そんなことを言っている間にもまた敵の一団が現れた。名古屋中心部に発生した巨大な城を破壊するのが今回の任務。その城、ホワイトキャッスルはすでに視野に入っているが、到達するのはかなり困難そうだ。どこから仕入れた情報か知らないが、あの城の周囲にはバリアのようなものが張られていて、ミサイルを撃ち込もうが爆弾を投下しようが傷ひとつつかないらしい。しかし生物はバリアを通り抜けられるため、その内側まで入ることができれば破壊は可能だそうだ。しかし敵は強力。簡単には進めない。
 だけど、あきらめるものか。敵が宇宙人だろうが異世界人だろうが、地球が侵略されている以上、自分たちはこの星を守るために戦う。まさかこんなビッグスケールな戦いが発生するとは、入隊してから昨日までまるで思ってもいなかったが、起こったからにはうだうだ考えるよりもまずは守るために戦うのだ。
 と、赤く揺れる炎の塊が、戦場となった夜の街を照らしながら飛んできた。
「退避か?」
「いや、もし爆発したら、どれほどの範囲に被害が及ぶかわからん」
 そう言ったのは、同期の近藤だ。近藤はランチャーを構え、近づいてくる炎に向けて対戦車ミサイルを撃ち込む。
 それが炎に当たった瞬間、炎は一瞬膨張し、直後、炸裂し、何百という小さな炎の塊を撒き散らす。小さくなったからかさらに速度を増したいくつもの炎は、窓を割り、街路樹を焼き、こちらに向かって飛んでくる。そして目の前で、今の今までたっていた仲間の上半身が消し飛んだ。
「近藤ー!」
 叫んでいた。ついさっきまで隣にいたやつ、二十四時間前には一緒に笑っていたやつが、今死んだ。
「なんだよ、これ」
 見えない射手に向けて突撃銃を撃つ。銃弾は、闇の中に飲まれて消えた。


 自分は、何なのだろう? そう思う。
 知識としてわかっているのは、自分は、インカゲインのCCI計画反対派によってこの世界に送り込まれたエージェント矢羽樹の能力、多重肉体によって生み出された分身のひとつだということだ。
 だけどそれに何の意味がある? おそらく、このうちの誰か、あるいはどれかがオリジナルなのだろう。だがお互いの記憶は共有していようと、それぞれに自我があるように、思う。
 そんなことを考えながら、手近な敵に取り付き、能力を使う。だけどその数秒後には、命を落とした。だけどそれは、無駄死にではない。
 最初十万人いた矢羽樹は、いまや五万人以下にまで減っていた。それは無理のないことだ。矢羽樹という存在の、あるいはその能力の特異な点は、それぞれの肉体に種を植え込むことで、さらに別の能力を発現させられるということだ。十万の矢羽樹は、それぞれが種によって第二の能力を得ている。しかし体が十万に分かれているため、矢羽樹が本来持っていたエキセントラ力は十万等分され、また種によって得られるエキセントラ力は微々たるものでしかない。矢羽樹個々の戦闘力は、きわめて低い。それでも今までは、圧倒的な数で何とか前進してきた。五万の犠牲を払いながら。
 しかし、数が減るということは、ただ状況が不利になるということではない。
 種というのは、ようするにインカゲイン人から抽出したエキセントラ力の塊だ。通常エキセントラ力は、宿主が死ぬと空間に霧散してしまう。ところがひとりの持つエキセントラ力はそれぞれの間に引力が働いているので、ひとりから生み出された種を持つものが複数いた場合、一方が死ぬともう一方のそのエキセントラ力が吸収される。ただし、種を持っている程度では、その大元となったインカゲイン人が死んだとしてもそのエキセントラ力を手に入れることはできない。なぜなら、持ち主であるインカゲイン人もまた自分のエキセントラ力に対して引力を持っているからだ。命を落とせばその引力は格段に弱まるが、種として本体から切り離されたエキセントラ力は、別の種に対してはより強い引力を示す一方で、本体のエキセントラ力との引力は格段に弱まる。これは、種のエキセントラ力が別の個体に入ると、その影響で変質することに起因していると考えられている。なので、種と種とは強く惹かれあう一方で種と本体との引力は非常に脆弱なものとなる。そのため本体が命を落としたとき、たとえ誰かが種を持っていようと、持ち主本人の引力に勝てずエキセントラ力は放散してしまうのだ。また、エキセントラ力はそのものの生命力そのものなので、おいそれと他人にその力をばら撒くようなことはしない。加えてそもそも種ひとつに生み出されるエキセントラ力の量は小さなものであるし、人ひとりが取り込める種は一つだけだ。もう一度種を取り込むためには、特殊な方法で先に取り込んだ種を抜かなければならない。これらの理由ゆえ、一人の持ちうるエキセントラ力には限界がある。種一つのエキセントラ力を一とした場合、もともと持つエキセントラ力プラス別の一人が持つエキセントラ力としても千六百が最大値だろう。
 しかし、世の中大概のことには例外がある。例外その一は、矢羽樹の本来の能力である多重肉体だ。この能力は、ただの分身ではない。元はどれかがオリジナルなのであろうが、どれがオリジナルであろうと、すでにすべての肉体は等しく本体足りうる。まるで蟻か蜂のように、矢羽樹とは個人が集団であり集団が個人である存在なのだ。十万等分された矢羽樹本来のエキセントラ力は、そのうちの一体が死ねばほかの個体に吸収される。そしてそれに伴って、その個体が所持していた種のエキセントラ力も別の固体に吸収されるのだ。そのため、たとえば矢羽樹が最後のひとりになったとき、単純計算でも十万のエキセントラ力を得ることができる。これは尋常ならざる値だ。
 例外はさらにある。例外その二は、相手からエキセントラ力そのものを奪う能力だ。人の持つエキセントラ力を吸収し自分のものとする力を振るえば、力ずくで多くのエキセントラ力をかき集めることができる。そして、十万の矢羽樹のうち、五万以上にはこの力が与えられている。最終的な総エキセントラ力は少なく見積もっても百万を超えるだろう。その莫大な力を得るものを選りすぐるため、今彼は、あるいは彼らは、戦場という中で命をかけた選別をしている。させられている。


 リオン・マーキュリーが腕を振るうと、切った手のひらから血が飛び散る。それが肌についたインカゲイン人どもは、悶えながら絶命した。インカゲイン人の兵士たちは身軽な軽装で、手足は肌が露出している。能力に対しては重装備による防御よりも軽装備による回避のほうがいいから、なのだろうがこちらにとっては好都合だ。肉体も血液も、すべて毒。毒こそが能力。毒は肌から侵入し命を奪うが、布や鎧に守られていては手が出せない。
 と、東のほうから新たに現れた敵の大群が見えた。いよいよか、そう思う。
「コーデル!」
 叫びつつ、その大男のほうへと駆け寄る。コーデルはすべてを悟ったようで、小さく頷くと、リオンを持ち上げ、敵集団の上方へと投げた。
 命は惜しくない。多くの罪を背負った我らに、帰る場所などないのだから。
 敵部隊の真上まで到達する。撃墜しようと飛んできた光の矢が右肩を貫き、焼けるような痛みが走った。だけどそんなことはどうでもいい。スイッチを取り出す。あらかじめ体内に仕込んでおいた爆弾の起爆スイッチだ。体をばらばらに吹き飛ばし、より広範囲に毒を撒き散らすのだ。
 今会いに行きます。そう心の中で呟き、スイッチを押した。


「どういうこと?」
 死体の中に立つクラリスが険しい顔で問いただしてきた。
「どうもこうも、今言ったのがCCI計画の全容だ。君には多少なりともすまないと思っている」
 二人の立つ周りには、何十という死体が転がっている。この世界で部下にした人間たちだ。おのれの力を戻した後でCCI計画について本当のことを話したら襲ってきたので、エリックがその手で殺したのである。
 その死体の山を一瞥し、クラリスは震える声で言葉をつむごうとする。
「そんな、ことのために――」
「おまえは知らないからそんなことが言える!」
 クラリスの言葉を、エリックは怒声で潰した。
「一応調べたよ。クラリスコルトレーン。裕福な国の一般的な家庭の生まれ。ほとんどのやつが自分たちのことを中流階級と思っている特権階級の国。おまえの国じゃ、人一人助けるためだけに何百万って金が使われることも間々あるそうだな? ペットと称して愛玩で動物を飼育し、えさをやる。おまえの国で残飯として処理された食料は、俺の国の全国民が飢えずに食えるだけの食べ物よりも多い。そんなところで育ったおまえに、この戦いの意味がわかるものか。これは、俺たちの未来を賭けた戦いなんだ。たった一人の不幸な女に付き合っている暇はない。俺の生まれた国じゃ、家族や知り合いに、飢餓や暴力や寒さで死んだやつがいないやつは一人もいない。それが日常だ。俺は、そんな世界を変えたいのだ」
「だから、この世界を侵略するの? それは、正しいことなの?」
「おまえたちのやっていることと同じだ! おまえにはわかるまい。強い国はエネルギーを生み出す新しい方法を編み出していくが、技術のつたない国では真似できない。にもかかわらず、枯渇しそうな従来のエネルギーは強い国が奪っていく。金も力もない弱い国は疲弊していくばかりだ。人がどんどん死んでいく。これから先、それはさらに加速していくだろう。助ける方法がほかにあるか?」
「もっと考えれば、きっと解決策があるはずよ」
「きっと? それはいつの話になる? 確実な方法か? それで今にも死にそうなやつを助けられるのか?」
 その言葉に、クラリスはただただ押し黙る。
 沈黙が流れる。
 だが、それを破ったのもクラリスだった。
「私は、なんとしても元の世界に帰る」
「ああ。勝手にしてくれ」
 そう言って、エリックはクラリスに背を向けた。背後から、屋内に通じるドアが閉じて閉まる音が聞こえてきた。
 さあ行こうかと、エリックもまたそのドアを目指し歩き出す。任務はすでに終了したが、事態は予想外のほうに動いている。もしCCI計画が頓挫するようなことがあれば、世界はいずれ滅びるだろう。世界を、未来を守るためには、勝たなければならない。
 戦いに参じよう。子どもたちの笑顔のためなら、この命、惜しくはない。


 だいぶ進んだ。もともと数でも勝っていたし、能力の質もこちらが上だ。もう少し、もう少しで、この戦いは終わる。
 敵集団に向けて、揺らめく影が突進していく。それは怪物だ。実体があるのかないのかはっきりとしない、だけど確かにそこに存在する、何十という顔が積み重なったようなそれは、ゆらゆらと揺らめき、形を変えながらも、すべての顔が常におぞましい表情を浮かべ続けている。それは、世界に漂う死霊を集め、押し固めて作られた怨念の怪物だ。自らの能力で御しているとはいえ、それはあまりにおぞましい。
 そして、それらを見るたび、そこに見知った顔があるような気がして罪悪感が募る。そんなはずはないとわかっているのに。
 自分たちに帰る場所はない。別に伊勢神宮の転移門が閉じてしまったわけではないけれど、その向こうのあそこは、もう故郷と呼べるものじゃないのだ。
 なぜなら、そこに人はいない。人類はエキセントラ力を手に入れることをできたが、そこには大きな問題があった。人ひとりに投入できるエキセントラ力は、微々たるものでしかなかったのだ。しかもひとりに投入できる回数は一回が限度だった。そんなわずかな力では、とても戦えなかった。
 しかし、ひとりのインカゲイン人を元に作った種は、それを手に入れたもののうち一方が死ぬと、もう一方にその力が渡されることが判明した。
 今われわれは、千二百万人の犠牲の下にある。より強い能力者だけを残し、ほかのものは殺した。人類のためにほとんどのものが犠牲になった。いや、したのだ。子どもや、赤ん坊すらすべて殺した。
 死んでいったものの内、半分以上は自ら命を差し出した。その千二百万人の屍を踏みしだき、自分たちはここにいる。だから、自分たちには世界の未来を変える義務と責任がある。もしこの戦いに敗れれば、未来は変わらず、百五十年の先、人類はおのずから滅びるだろう。世界を、未来を守るためには、勝たなければならない。
 たとえ勝利したとしても、自分たちに幸せが訪れるとは思えない。未来が改変したとき、未来人である自分たちはどうなるかわからないからだ。だが、子どもたちの笑顔のためなら、この命、惜しくない。



 そして彼らは、とうとうその足を名古屋へと踏み入れた。





(担当:すばる)