故障かな、と思ったら 番外編

 
 ・・・
 
 深井由芽の右足が弾け飛んだのは、彼女が十一歳の時だった。
 ありふれた話である。彼女には何の非もない。ただ通学道に一台のトラックが突っ込んできただけのこと。いくら将来有望の陸上選手でも、避け切れる訳がなかった。
 そう、彼女はかつて長距離ランナーだった。
 恵まれた才能、親に支えられたいくつもの努力、そして常に冷静でいられる彼女の理知的な性格は、全国有数のマラソン選手を生み出したのだ。
 けれど、彼女は走れなくなった。歩くことさえできなくなった。
 彼女は『自分』を失った。
 才能は消え、努力は報われず、性格も荒れていった。
 
 
 ・・・
 
 ユメはベッドで目を覚ます。
 壮大な夢を見た記憶があった。
 朝起きたら突然に魔物がおり、それと共に村で暴れて、途中で制御ができなくなり、仲間の力を頼ろうと洞窟へと向かう夢。そして、そこでスズキに助けられ、いろんな事情のため、別の魔物を倒す夢。そこまでで十分大冒険なのに、最終的には異世界にある自分の別の身体を取り戻すなんて、夢にも程がある。
「いや……あれは本当にあったのか……」
 やけに成長した自分の身体を見つめ、ユメは身体を起こした。うまく筋肉が動かないが、なぜか立つことはできる。「二十年も使わなかった体というのにね」とユメは不思議に思いながら直立した。
 身体だけじゃない。あらゆることが今までの生活とは一変してしまうだろう。あらゆる記憶がごちゃまぜとなって、彼女のなかで渦巻いている。
(不安で仕方がない……)そして、思う。(でも、清々しくもある?)
 それが彼女にとっては不思議で仕方がない。
 やけに清々しい。
 いや、気持ちではなく、頭だけがやけに――髪がない?
「あ?」
 ゆっくりと鏡の方を向いて、自身の身体を見つめる。映っていたのは、髪一本さえ存在しないツルンツルンな自分だった。
 
 小さな村に女性の叫び声がこだました。
 
 ・・・
 
 とうとう番外編。
 これから始まるのは。冒険もクソもないアフターストーリーにして番外編。
 ハゲた魔法少女たちがカツラを奪い合う、なんとも奇妙な戦争である。
 ユメのトラウマとはなんだったのか? 魔法の使えなくなったハナイの未来とは? 世界を改変までしてしまった魔法少女の今後とは? スズキはなぜ一人だけ年増なのか?
 あらゆる謎を解いたり、解かなかったりの小話。
 魔法少女たちの未来はいかなるものか?
 どんな故障した話でも、ここまで読んだきた人ならついてこれるでしょ?
 
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 髪一本さえ失くしたユメは狂ったように飛び跳ねまわっていた。
「どうして? なんで? なんでえええぇ?」
 もはや魔神など、どうでもいい。取り戻した身体も、変わってしまったはずの世界も、興味がない。アセラ? エスケト? 魔法少女の使命? そんなものティッシュに包んで、捨ててしまえ。
 身体が大きくなっても、やはり心は少女のまま。世界や使命よりも、自分の髪の毛は死活問題。
 とにかくユメは髪のない頭をさすりながら、喚き続けていた。
 すると、
「ユメさん、一旦落ち着いてくれ!」
 と玄関の方から聞き慣れた声がした。そして、その人物はズカズカと自分のいる部屋へと入り込んでくる。
「やめて、来ないで!」ユメはたまらず叫んだ。「お願いだから、見ないで!」
 けれど、来訪者・ソトはユメの部屋へと躊躇せずに入ってくる。
 ユメは逃げるようにして毛布を頭から抱えて、部屋の隅へと移動した。こんな姿を他人に見られたら、たまったものではない。
「安心してくれ。ユメさん、アンタが陥った状況はもう分かっている」
 ソトは優しく言ったが、ユメは首を振るばかりだった。
「なによ、それ。帰ってよ!」
「髪が無くなったんだろ? もう知っている」
 ユメは一旦、ソトから逃げるのをやめた。まさか真実を指摘されるとは。「どうして分かったの?」と彼女は涙を拭いてから、おずおずと毛布の隙間から顔だけを覗かせる。
 すると、目の前には二十年分、成長した姿のソトがいた。一体なにがあったのか、服はところどころ破れていて、いくつか怪我を負っているようだった。
 そして、髪が一本も生えていなかった。
「わたしもハゲた……」とソトは言った。
「……」と絶句するユメ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「行こう。もう時間がない」
 そう言いながら、ソトはユメへ帽子を投げつけた。
 
 ・・・
 
「時間がないってどういうこと? そもそも、なんで髪が……」
 二人は人目から逃げるため、森の中へと入っていった。帽子を深くかぶって、木の中を歩いていく。時折、怪鳥があげる甲高い奇声が聞こえてくる不気味な道を二人は進んでいった。
 ソトは負傷しているため歩きにくそうにしたが、それでも休もうとはしなかった。
 ユメが尋ねると、ソトは頷いて答えた。
「実は言うと髪を失ったのは、スズキやサナもなんだ。一回すれ違った。新しい身体と世界の改変に巻き込まれた結果だ。髪は魔力の源だからな。なにかしら問題があるんだろ」
「ねぇ、だったらまず肉体や異世界の問題を解決する方が大事じゃないの」
「いいや、それじゃあ遅すぎる。ユメさんは、髪が生えそろうまで人目を避けて生活するつもりなのか?」
 ユメは当然、首を振った。そんなもの耐えられる訳がない。誰かに見られれば、一巻の終わりだ。
「カツラを作るしかない」ソトは言った。「世界よりもそっちが先だ」
「誰かの髪をいただくのね……」
「さすがユメさん、頭がいいな。髪はないけど」
「でも、誰の髪? 『ハゲたので髪を分けてください』って誰に頼めるの? そんなの嫌よ。しかも、この地方は戦闘狂しかいない。みんなショートカット。それに返り血だらけでゴワゴワの」
「いいや、一人だけいるんだ。事情を話せるし、唯一、世界の改変前に肉体を手に入れ、髪を維持した可能性があるやつが。しかも、二十年間寝かせていたから、髪はめちゃくちゃ長く、綺麗な状態」
 ユメは曖昧な記憶を思い返した。たしかに、あの洞窟の最深部で、自分たちよりいち早く身体を手に入れ、自分の髪を維持していた人物がいた。もしかしたら、世界の改変にも飲み込まれずに、長髪を保持しているかもしれない。
「あぁ、ハナイね」
「そういうことだ。だが、いくらなんでも全員分はない。カツラを作れて二人分だろう」
「……髪の毛をかけた奪い合い。えっ、じゃあ」
「あぁ。スズキとサナが手を組んだ。わたしは一回負けたんだ。ユメさん、手を貸してくれ。ハナイの髪をあいつらに渡すわけにはいかない」
 傷だらけでソトは言う。
「わたしは絶対に綺麗なカツラを作る。でなきゃ、もうカズキに会いに行けない」
 その瞳には紛れもない信念の炎が燃えていた。
 それを見ながら、ユメが思うことは一つだった。隣りの村を眺めながら、彼女は心の中で叫んだ。
(なんだこれっ?)
 魔法少女のなかで、割合常識的な人物にカテゴリーされるユメ。彼女の中ではめまぐるしくツッコミの言葉が生産されていた。
 なんだか昨日、めちゃくちゃ大変な出来事があったばかりというのに、なぜこんなことをやっているのか? 第一、カツラのために早速ソトがボロボロになっているではないか? 魔法少女同士でなにやってんの?
 けれども周りに流されやすいのも、彼女の特徴でもあり、気分屋でもある。
 彼女は少しの間呆れていたものの、やがて
(でも、ハゲは嫌だなぁ)
 と思いはじめ、ソトの言葉に頷いた。
「わかった。協力しましょう。でも、スズキの格闘技術、サナの鋭敏な感覚のタッグは協力よ。それに、もしかしたら、一番恐ろしいのは……」
「あぁ。ケイ。伝説の魔法少女。だが、負ける訳にはいかない」
「不毛な争いだけどね」
「不毛な争いだがな」
 ユメとソトは互いに握手を交わし、そして駆け出す。もうカツラを完成させられてたら、どうしようもない。
 向かうはハナイの家。レンガ作りの一軒屋。
 けれど、そのとき彼女たちの前に、一人の魔法少女があらわれた。
 二十年、成長されたグラマラスの体躯。なにもかもを見透かすような不気味な瞳に、どこか妖艶さを携えた顔立ち。細く伸びた手足はどこまでも優雅で、二人が思わず見惚れるほどに美しかった。
 最も恐れた相手。伝説の魔法少女、ケイである。
 当然、彼女もハゲていた。
 しかし、彼女は背中に『負け犬』と書かれた紙が一枚が貼られて、玄関先に横たわっていた。
 案外、はやく脱落したらしい。
 
 ・・・
 
 唯一、深井由芽だけがピエロマスクと出会った時、逃げ出すことをしなかった。
 あの大量殺人鬼はどちらかと言えば、被害者の怯える姿を見るのを好む性格であったので、何も抵抗を見せなかったユメにはゲンナリした。そして、不思議にも思った。
 どうしてコイツは逃げないのか? 恐れないのか?
 もちろん、彼女はまだリハビリさえしておらず、片足でうまく逃げられなかったとかそういう話ではない。
 事故から一年で彼女は無くしすぎていた。
 親を拒絶して、親友を罵倒し、恋人の首を突き放し、携帯電話を叩き割って、これまで受け取った賞状も破り捨てた。窓ガラスには黒いガムテープを隙間なく貼り付けて、部屋からは出ようとしなかった。
 彼女だけが、ピエロマスクを前にして、ただ平然としていたのだった。
 
 ・・・
 
「隠れ家からハナイの家へたどり着き、二階へ駆け上がったら途中でサナちゃんとスズキとすれ違った。慌てて追いかけようとしたら、足を滑って階段から落ちて、腰を強打してこの様よ」
 とケイは腰をさすりながら、答えた。
 そんな伝説の魔法少女を眺めながら、ソトは
「結局、アンタの自滅みたいなもんじゃん」
 と呟いた。その隣でユメも同様に頷く。
 とりあえず動けないケイをこのまま放置して、ツルンツルンの頭を衆目に晒すのは可哀想だと思い、二人はハナイの家の物置まで移動させた。途中、ケイは何度も何度も二人に礼を言った。
「伝説の魔法少女って言ってもねぇ」ケイはため息をついて呟く。「ほとんどワタシが作った設定みたいなものだからねぇ。しかも、今や魔法さえ使えないんだもの」
「ただのザコか」とソト。
「鋭い指摘だわ」
「いや、普通の感想だけどな……」
 ケイは大きく息をついて、小屋にあった椅子へと腰掛けて言った。
「助けてくれたお礼に良いこと教えてあげるわ。ハナイはどこかに出かけたみたい。だから、スズキ・サナ組はまだ髪を手に入れていないわ」
「どこにハナイは行ったの?」とユメ。
「洞窟よ」ケイはそう言った。「彼女はそこで何かをやるみたい。置き手紙があった」
「何か?」
「そう。詳しいことは不明ね。とにかく、すぐに行きなさい。スズキとサナもそこにいるはずよ」
 そうケイに言われて、ソトとユメは互いに顔を見合わせた。そして、それから洞窟の方へと駆けていくことにした。
 
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 洞窟といえば、一つしかない。
 すなわち、魔法少女たちが昨日、大冒険を繰り広げた場所である。人の住処から離れた場所にあるのは、誰ともすれ違いたくない二人にとって好都合である。彼女たちは駆けだした。
 とはいっても、もはや洞窟の入り口はふさがってしまっている。もはや岩だらけの空き地でしかない森の一角であった。そこでユメはどこかで嗅いだことのある魔法草の臭いを感じたが、無視して進むことにした。鼻息を鳴らすソトを止められるとは、到底思えない。
 果たして、そこにはサナとスズキがいた。並んでユメたちを待ち受けていた。
「遅かったじゃないか」
 スズキはそう不適な笑みを浮かべて言う。
 けれど、スズキもサナも当然、ハゲている。
「ハナイはどこだ?」とソトが尋ねる。
「どこでもいいだろう? それよりも、先にお前らを退治しておこうと思ってな。さっきはまんまと逃げられたが、次は容赦せんぞ? ハナイの髪は私たちのものだ!」
 スズキの挑発にソトは軽く笑ってみせた。
「ハッ、今度は天才のユメ様がいるんだぜ? いくら、お前でもキツいだろう?」
「ふん、やはり最初からその気か。ユメを口先三寸で誑かし、自分は楽しようとするのか。腹黒いやつめ!」
「恋もしない年増に何がわかる? 義は私にある!」ソトはそう言ってからサナの方へと向いた。「サナ、お前はどうする? 今、スズキを裏切れば、お前にも五分刈りくらいは分けてやるよ?」
「もっと良い報酬で買収しなよ……?」とサナ。当然、裏切る様子はない。
 もはや話し合いは不要。
 ソトはわずかにスズキたちから距離をおいた。それからユメの服を軽く引っ張ってから、こっそりと告げる。
「ユメさん、すまん。確かにワタシは貴方を利用している。けど、カズキにこんな頭を見せる訳にはいかないんだ」
「え……まぁ、別にいいけれど」
 ユメはとりあえず肯定しておいた。ソトもそれで納得したようにうなずき、サナとスズキの方へ向いた。
「髪がない以上、魔力はほとんどない。けど、それは向こうも同じ。短期決戦だ」
 そうソトは告げる。
 四人の魔法少女は各々のペンダントを構える。
 そして「変身!」と四人は同時に叫んだ。
 ソトは紅色に染められた衣装を身にまとわせ、ユメは紫色に光るスカートを翻らせる。スズキは黒のローブを纏い、サナは黄色のクマの着ぐるみの中に埋まる。
 黄色のサナ、黒のスズキ、赤のソト、紫のユメ、四人の魔法少女がぶつかり合おうとした瞬間だった。
 ソトとユメの足元が崩れていったのだ。突然の浮遊感にさすがの二人も動揺してしまう。たとえ、それが巨大な落し穴という極めて単純なものだったとしても。
 ユメはスズキが持っているのが、今日に限って棍棒ではなくスコップであったことに今更ながら気が付いた。
(トラップっ?)
 反応しようとしたが、次の瞬間サナが放ってくる目眩まし用の閃光魔法によってその機会さえ失う。
「よおおぉし! まんまと引っ掛かった! さぁ、これで終わりだ!」
 穴の上ではスズキが勝ち誇ったように笑っている。
 ユメが落ちた場所には、なにかが敷き詰められていた。そして、すぐに理解する。大量の爆草である。魔法少女にはほとんど扱ったことがない代物だ。
(こんな高価ものアホのスズキがどうして?)
 ユメが考える間もなく、スズキが火種を投下する。とてもじゃないが、逃げ切れるわけがない。
 火種が爆草とぶつかる瞬間をユメは何もできずに見ることしかできなかった。
 そして、爆発。
 穴の中にいるユメとソトはその爆風を直に受けた。衝撃は穴全体を揺らして、熱は魔法少女である二人の身体を容赦なく焼き尽くした。ユメとソトは穴の側面に叩きつけられて、二秒間圧倒的な熱量を浴びた。
 悪魔のようなスズキの笑い声が響くなか、ユメは隣でソトが意識を失っていくのが分かった。
「ハッハッハアアア!」
 爆風が収まったあとも、スズキが高笑いをしていた。隣でサナが呆れたような顔をしているが、知ったことではない様子だ。
「わたしだって本気を出せば、魔力がほとんどなくとも、落とし穴くらい一瞬で掘れるのだ! そのための身体能力とテレポートだぞ! それにサナの感知能力が加われば、恐いものなど一つもない! 最強タッグである!」
「ひどいことするわ!」とユメは立ち上がって言った。それから伸びているソトの首根っこを掴みながら言う。「ほら! ソトちゃんが黒焦げになったじゃない! ドーマの燻製みたいに!」
「ユメめ、まだ生きておったか! 仕留めたのは、負傷していた恋愛バカだけか!」
 ソトを無視して、スズキは地団駄を踏む。けれど、すぐさまにまた誇らしげな顔をして、背中の方から何か取り出した。
 その直径五十センチもあるような球状のものは、どう見ても爆弾だ。変身して、嗅覚が敏感になったユメにはそれが爆草の塊であることをすぐに理解した。
 スズキは笑う。
「しかし、穴から出られる体力はもう残っていまい。二つ目の爆風で髪の毛だけでなく、陰毛まで焦がしつくすといい! わたしとサナは最強のペアなのだ!」
 いきなり下ネタを使ってまで罵られ、ユメは唇を血が出るほど噛みしめた。けれど、予想外のことが起きた。
 スズキがテレポートをして、サナの後ろへと回ったのである。
「が、もう最強ペアは解散だ」
 そうスズキは呟いて、サナの背中を押した。慣性の法則に従って、サナは穴の中へと落ちていく。
「ユメ諸共、脱落するといい」
 ユメは「危ない!」と叫んで、クッション代わりにソトの身体を放り投げる。
 けれど、スズキの爆弾までは手に負えなかった。
 二発目の轟音があたりに響いた。
 
 ・・・
 
 鈴木玲子は二十歳で結婚をし、子供を産んだ。
 娘には恵・ケイと名づけた。
 鈴木玲子は早いうちに夫を無くしていたが、その豪気で男勝りな性格からたった一人でもめげずに娘を育てあげていた。在宅でファンションデザイナーとしての才覚を発揮し、娘とは片時も離れることなく生活していた。
 娘も当然、五歳ながら母へは深い愛情を抱いていた。
 そして、玲子も夫が残した最後の宝である恵をとびっきりの愛情を注いでいた。
 けれど、その幸せな家庭は一人の殺人鬼によって一変することになる。
 
 母には娘を守れなかったトラウマ、娘には母を守れなかったトラウマを刻み込ませて――。
 
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「まぁ、そんなことお見通しなんだよ。ボケ共」
 とサナは呟いて、ユメを抱きかかえながら穴の中からひょっこりと出た。
 それから黒焦げになって気を失っているスズキを確認したあと、彼女のカバンをあさり、いくつかの木箱を取り出してからユメに手渡した。
「ケイ様がつくったお薬。よく効きますよ?」とサナは笑う。
「あぁ、ありがと」それを受け取りながらユメは尋ねる。「結局、どういうこと?」
 スズキが投げようとした爆弾は、彼女の手から離れる前に爆発したのだ。至近距離で浴びたスズキは豪快に吹っ飛ばされたが、穴の底にいたユメとサナは無傷で済んだ。
「く、組んでいたんです。スズキとケイ、記憶を取り戻した親子は」
「親子?」
「そう。だから、ケイ様はユメちゃん達をここへ誘導した。スズキさんはケイ様が隠れ家で集めた大量の爆草を持っていた。そういうこと、だと、思う」
「え、えぇ……? じゃあ、あなたはそれを知っていて……」
「だから、に、二個目の爆弾に細工しておいたんですよ。さ、さすがスズキさんだね……至近距離で爆弾食らっても、気絶だけ……?」
 ユメは二十歳近く年下にまんまと騙されていたスズキをみつめた。それから、穴の底で寝たままのソトを見る。もはや告げる言葉がない。
 ユメの隣でサナは笑った。
「さぁ、ピーチクピーチクうざったいソトちゃんとスズキさんが脱落してくれました。ゆっくりとハナイさんの髪を奪いましょう」
 謀略戦を見事に勝ち抜いたサナ。
 当然、ユメは黙って従うしかなかった。
 
・・・
 
「そういえば、結局どこにハナイは行ったの?」
 ユメは再び村の方へと戻りながら、サナに尋ねてみた。
 するとサナは「中央の見張り台」と短く答えたので、お互い、そちらの方へと向かう。幸いハナイの髪を使えばカツラは二つ分作れるとのことだったので、サナとユメは無駄な争いをせずに済んだ。
 変身を一旦解除して、お互いに並んで見張り台の方へと急ぐ。
 すると、ふと気になったことがあったので、ユメは質問していた。
「なぜハナイは見張り台へ?」
「う、うーん、知らない。ハ、ハナイちゃんのことはよく分かんないから……」
 そう言われれば、ユメも頷くしかない。そして、彼女のことが心配になった。
 彼女のペンダントはもうない。つまり、魔法少女としての力はケイ同様に失っている。けれど、ケイにはどうやらこの世界の薬術に関して、秀でた知識を持っているようだった。
 それに、この世界の創造にもどうやら大きく関与しているらしい。
(……でも、ハナイには何もない)
 魔法少女に憧れたのに力を失い、尊敬していたお祖母ちゃんはただの捏造された記憶で、そして今あるのは二十年も年老いた身体だ。
 ピエロマスクを倒す上で、一番に活躍したのは何よりも彼女の精神力だ。
(なのに、その代償として――)
 ユメはハナイと会うのが少しばかり恐くなった。いくら彼女でも傷ついてやしないか心配になったのだ。まさか見張り台から身を投げることは無いと信じたいけれど。
 そのとき、森を抜け、この地方のど真ん中にある見張り台が見えた。各隅にある見張り台から発せられる信号を受け取るための地方最大の見張り台には、数人の衛士、そして見慣れない女性がいた。
「え、ハナイっ? なにやってんの?」
 ユメは思わずそう叫ぶ。
 見張り台の真ん中で、ハナイがなにやら拡声器らしき道具をもって堂々と立っているではないか。二人は遠目でわかるその美しさに驚く。そして、次に聞こえてきた彼女の演説に腰を抜かしそうになった。
「みなさああああん! 新生・魔法少女のハナイですよおおおぉ!」
 おそらく、相当高価な魔法アイテムを持ってきたのだろう。その声はまるで耳元で話されているように、二人には聞こえていた。
 地方の真ん中でハナイは一人、笑顔で演説を続ける。
「なんだかあああ、生まれ変わっちゃいましたああぁ! おそらく、ほかの魔法少女たちも同じだと思います! でも! これからも、わたしは魔法少女なのです! ぜひ、よろしくお願いします!」
 聞けば、ただの挨拶らしい。その声には落ち込んだ様子は微塵もなかった。
 美しい容姿の割に、あまりに幼稚な演説だったので、ユメは思わず笑っていた。サナも同じように微笑んでいる。
 そして、二人の笑顔が凍りついたのは、ハナイが後ろへ振り返った瞬間だった。
 その首元で切り揃えられている髪!
(え? あれじゃ、カツラなんて作れて一人分しか……?)
 それから、すぐさまに横から感じてきたのは殺気。振り向くと、鬼の形相で殴り掛かってくるサナがいた。
 ユメもすぐさまに変身して、サナの拳を受け止めて――。
 
 ・・・
 
 ケイ 脱落 敗因・転倒
 ソト 脱落 敗因・爆発
 スズキ脱落 敗因・自爆
 サナ 脱落 敗因・体力不足
 
 勝者・ユメ
 
 ・・・
 
「あ、その姿はユメさんじゃないですか、血だらけで、どうしました?」
「あぁ、返り血でね」
 ぶっ倒れているサナを放置して、ユメはふらつく足を必死に動かしながら見張り台の頂上まで上り詰めた。
 ハナイは笑顔で迎えてくれた。
 周りにいる衛士は二十年間も成長したユメの身体に目を丸くし、そしてなぜか帽子を深くかぶっていることに首をかしげる、ユメは「ジロジロ見ないでください」とだけ告げる。衛士は空気を読んだそうに見張り台から降りて行った。
 そのことにユメは安心して、ハナイの方へ向いた。
「あのね、ハナイ実は……」
「あ、カツラですよね。実はもう作ってありますよ? 村のアチコチで髪のない女性がウロウロしているという情報があったので」
「やっぱりバレていたんだ……」
 ユメは顔が赤くなるのを感じながら、ハナイからカツラを受け取った。ソトの言った通り、ハナイの髪はとても艶めかしく、水分に富んだ黒髪である。カツラにしては極上すぎる。
 ほかの魔法少女を蹴落としてまで手に入れたかいがあったというものだ。
 ユメはほっと息をつき、形を自分の骨格にあうよう調整したあと、頭へ装着した。いいフィット感。
「似合いますよ」とハナイ。
「ありがと、さっきの貴方の演説もよかったわよ。聞こえていたわ」
「ふふん、練習しましたから。当然です」
「アナタらしいバカっぷりが溢れていた」
「なんですとーっ!」
 なんとなく、そのハナイの口癖も久しぶりに聞いた気がして、ユメは笑っていた。けれども、嘘はついていなかった。本当に素晴らしい挨拶だとは思った。ぶれずに彼女の明るい未来を願うような素晴らしい笑顔だった。
「とにかく、よかったよ。貴方の言うとおり、これからも私たちは魔法少女なのよね?」
「ユメさんが何を言うんですか! ユメさんだけが、ワタシと同じの誇りを持つ魔法少女でしょう?」
「あら、そんなこと思っていたんだ」
「もちろんですよ! 他のヘンテコな人たちも見習って欲しいですよ! 特にソト!」
 突然にソトに対して怒り出すハナイを「まぁまぁ」なだめながら、ユメはあることに気が付いた。
「あ、そういえば、カツラってまだあるの? 洞窟で見たときより、減っているような」
「はい、あと一つ残っていますよ」
 ハナイはカバンの中から、さらにもう一個取り出す。ユメの物よりも、やや形が悪いが、それでも十分に立派なカツラだった。
 それを確認すると、ユメはついイタズラ心が止められず、魔法アイテムの拡声器を掴んで、叫んでいた。
 すなわち、
「ハゲの魔法少女たちさあああぁん! あと、一つだけカツラは残っていますよおおおぉ!」
 と叫んだ。
 すると、どうだろう? ハナイの家の方から、あるいは洞窟の方から、また、森の方から何者かが凄い勢いでやってくるではないか。そして、見張り台階下で始まったのは、ふたたび血で血を洗うような魔法少女たちの恐ろしき戦い。
 そんな争いにハナイとユメは同時に顔を見合わせて、それからしばらく笑い転げていた。
 
 ・・・
 
 深井由芽は自分を失い、大量殺人鬼に襲われて、この世界へと辿り着いた。
 それでも、彼女が不幸かと言われれば、決してそんなことはなくて、いま仲間とともに腹を抱えながら笑っている。
 魔法少女という職業。
 こんなちっぽけな存在、この世界ではどう扱われるかは分からないし、二十年の加齢の結果もまだ不明。そもそも幻想なのか、現実なのかさえ、彼女にとっては定かではない。
 けれど、彼女はそれが嬉しくて仕方がなかった。
 事故に遭い、事件に遭い、異世界へと行き、二十年の時を超え、化け物と戦って、やっと手にしにした自分だった。