blue-ryu-comic blue-spring-jojo その4

 双草荘の三階北側に位置するトイレ前の廊下。そこには今小さな人だかりができている。皆使用人の悲鳴に引かれて集まってきた者たちだ。青波武生、青波幸生、空条明日香、輿山氏、この館に留まっていた数人の使用人、そして。
「……朱、実……」 
 神埼は呆然と妻の顔を見上げていた。天井から垂れ下がった縄で首をつっている格好の妻、苦痛に歪んだまま硬直している最愛の人の顔を。
「朱実!」
「神埼さん、駄目です!」
 妻の方へ腕を伸ばしながら、さらに一歩踏み出した神埼を、その場にいた他の数人が押し留めた。
「離してください、朱実が!」
「残念ですが、奥さんにもう脈はありません。我々が、そしてあなたが今できるのは、無闇に奥さんや縄に触れず、警察が来るまで現場の状態をそのままに保つことぐらいですよ。……私の名探偵が殺されたときと同じように」
 明日香が淡々とした声音で言った。それを聞いた神埼は、がっくりと体の力を抜いた。それまで体を押さえつけていた人達が、恐る恐るといったように手を離すのを感じたが、神埼にはもうもがく気力などなかった。頭の芯が痺れ、すべての感覚が自分から遠ざかっているような気がした。
「しかしこれは……一体どういうことなのだ。彼女は自殺したのだろうか?」
 神埼が大人しくなったのを確認してから、青波武生が呟くように言った。その言葉に、明日香はいいえと首を振る。
「この人の首には、縄とは少しずれた位置にも圧迫痕があります。それに、首を掻きむしったような跡も。この人が誰かに首を絞められて殺害され、それからこのように天井からつるされた証拠です。掻きむしった跡は、犯人に首を絞められているとき、少しでも縄を緩めようとしてついたものでしょう。首つり自殺をする人の首に、そんな跡はつかないはずです」
「それでは……この人を殺した犯人は、家内や眼鏡山氏を殺した人物と同一犯なのだろうか。これは連続殺人なのだろうか?」
「いえ、だから言っているでしょう。頼子さんや私の名探偵は事故で死んだのであって……」
 あくまでそう言い張る明日香の言は、しかし誰も聞いていなかった。トイレに集まった者たちの間にざわめきが広がる。神埼はそれを、痺れた頭でぼんやりと聞いていた。
「でも……でもそれなら一体誰が、何のために、こんな惨い殺人を犯しているんだ?」
 青波幸生が怯えの滲んだ目で、集まった人々を見回す。そこに、輿山氏の声が割って入った。
「待ってください。必ずしも、この中に犯人がいるとは限らないんじゃないですか? もしかしたら、外部から何者かがこの館内に侵入しているのかもしれません。そして眼鏡山氏や朱実さんを殺害したという可能性も……」
「いえ、それはありませんよ」
 今度は青波武生が割り込んだ。輿山氏は少々むっとした顔つきになる。
「なぜですか? その根拠はどこに?」
「根拠ですか。それはですね、輿山氏。私は、家内を殺害した犯人はこの中にいると睨んでいるんですよ」
 一瞬、人々の間に沈黙が広がった。だが彼らの表情の中に驚きの色はない。当然だ。武生の妻頼子の死の真相を探るために名探偵を呼び寄せ、そのあとこの洋館に知人や親戚を招いた彼の行動を考えれば、彼がその客人たちを疑っているというのは容易に推察できることだった。
 青波武生は言葉を続ける。
「そして実は眼鏡山氏も、殺される前の晩に私にそう言っていました。肝心の犯人が誰であるかまでは、教えてもらえませんでしたが。……だから私は、先ほど皆を集めたときに明日香さんも言っていた通り、眼鏡山氏は犯人を突き止めたために、その犯人に口封じのため殺されたのだと思っています」
 明日香が口の中で小さく何かを呟いたが、それは声にならなかった。そのかわり、再び輿山氏が言葉を発した。
「しかし、頼子さんや眼鏡山氏を殺害した犯人と、朱実さんを殺害した犯人とが同一犯である証拠はないじゃないですか。もしかしたら朱実さんを殺害したのは、別の人かもしれませんよ」
「確かにその可能性は捨てきれません。ですが、別々の者が犯した殺人が、こうも立て続けに起こるものでしょうか。朱実さんを殺害した犯人にすれば、前の二件の殺人の疑いもかぶせられるかもしれないのに。……やはり、一連の事件はすべて同じ者によって引き起こされたと見る方が妥当でしょう」
 青波武生の完璧な正論に、輿山氏は押し黙った。それまで二人のやり取りを静観していた明日香が、とにかく、と口を開いた。
「皆さん、一階の大広間にでも集まりましょう。そこで明日の朝に警察が到着するまで待機しているのです。互いが互いを監視しあっていれば、誰も加害者にも被害者にもなれませんからね」
 彼女の言葉に、集まった人々はそれぞれ小さく頷いて同意を示した。だが神埼はゆらりと視線を巡らせると、緩慢に首を振り、呻くような声で言った。
「私は……自室に戻ります。しばらく一人にさせてください」
「神埼さん」
「頼みます。……妻を殺した犯人と一緒の空間にいるなど、耐えられません」
 その場にいる人々が、どうしたものかとでもいうように一瞬視線を交わしあったが、すぐに明日香が頷いた。
「いいでしょう。この中に犯人がいて、そしてその犯人も含めた全員が大広間に集まるなら、あなたが襲われる危険はないわけですからね。たとえあなたが犯人だったとしても、全員集まっているところへ殺意をみなぎらせてのこのこ乗り込んでくることもないでしょうし」
「ありがとうございます。……明日香さん」
「はい」
「あなたはこの事件の犯人について、本当に見当はついていないんですか?」
 明日香は一つ瞬きをした。
「ついていませんよ。当たり前じゃないですか」
 神埼はじっと彼女を見つめた。まったく無表情のその顔からは、彼女の言葉の真偽を判断することはできなかった。
「……そうですか、失礼しました。それでは皆さん、また明日の朝に」
 そう言って神埼は他の面々と別れ、一人自室へと向かった。窓の外ではいまだ嵐のやむ気配はなく、荒れ狂う風雨の唸りと木々の激しいざわめきだけが、薄暗い廊下に不気味に響き渡っていた。


(担当・白霧)
なんか……こんな感じでよかったのかな。自分でもよくわかっていません。神埼の小説の中の人物とか全然出してないし。
次の担当は小衣夕紀さんです。よろしくお願いします。