blue-ryu-comic blue-spring-jojo その5

 他の四人と使用人らが階段を下りていく足音を聞きながら、神埼は静かにドアを閉めた。慣れない手つきで鍵を掛け、辺りを見回す。部屋は暗闇に包まれており、足元さえ定かでない。神埼は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。背中を預けたドアは固く、これが夢ではないということを神埼は痛感した。
「本当に朱美は……」
 神埼は呟いた。その声は木々のざわめきと窓を叩く風雨にすぐさま掻き消されたが、胸の奥のざらつきは消え去らない。
 何故、朱美が……という疑問と憤り、こんな処へ連れてきてしまったという後悔の念が押し寄せてくる。
 青浪武生の妻である頼子がつい最近亡くなったということは、来る前から神埼も妻も承知していた。というのも、食事会で何度か話したこともあり、二人で葬儀に参列したからである。神埼はその席で幾つか噂話を耳にした。頼子は夫、武生と仲が悪かった、前にもあの屋敷で死人が出た、などである。しかし神埼が実際に見聞きしたところ、二人は仲睦まじく、頼子は気さくな老婦人だった。以前に、屋敷で事件や事故が起こったという話も聞いたことがなかった。だが、朱美はそれを気にしていたのか、今回の食事会に参加することを躊躇っていた。
 突如、窓の外が光り、部屋の中が照らし出された。そして雷鳴が轟く。
 何故死んでしまったのか、と神埼は暗闇に向かって問い掛けたが、荒れ狂う風雨の音以外何も聞こえてこなかった。
* * *
「みなさん、いらっしゃいますね」
 登場助手は、最後に入ってきた横崎を一瞥し、口を開いた。五人は互いに顔を見、徐に頷く。誰もが懐疑の色を隠しきれないでいる。
「東条さん。いい加減、犯人を教えてもらえないか。こんな状況はもう耐えられない」
 粉太郎の疲れの滲んだ声が大広間に響く。東条は皆の視線を受けつつも、首を振った。
「……それは、できません」
「どうしてですか? 犯人が分かっているのなら、みんなに知らせた方が安全じゃないですか? もしかしたら、次はあなたが狙われるかもしれませんよ?」
 浪岡辰夫が口を挟む。東条助手は黙って辰夫を見据えている。外では風が吹き荒れ、窓を雨が叩く。
「証拠が、ありません」
 東条助手が、静かな口調で言い放った。
「……しかし、証拠がないということは、犯人の目星はついているということですよね」
「いえ、証拠がないということは、まだ犯人は決まっていないのです。犯人であると断定できていないこの状況では、お教えすることはできません」
「だがね、君」
「みなさん、少し落ち着きましょう。わたし、お茶でも淹れてきますから」
 浪岡氏の語を遮って、横崎夫人がドアノブに手を掛ける。東条助手は慌てて呼び止める。
「いえ、この部屋から出ないでください」
「――お茶は、使用人にでも頼みましょう」
 その言葉を聞き、部屋の隅に控えていた使用人が退出した。
「……確かに私も気が立っていた。申し訳ない。まあ、一先ず座ろうじゃないか」
 浪岡翁の提案に、一同はそろそろと椅子に腰掛けた。
 その時、窓外が閃き、シャンデリアの明かりが消えた。
* * *
 目を覚ますと、神埼は暗闇の中にいた。ここはどこなのか思案していると、雷光に照らされ、書きかけの原稿用紙が見えた。その瞬間に神埼は、ここが双草荘で、今までに何があったかを思い出した。
あの後、神埼は暫くドアの前で呆然としていたが、気を紛らわそうと机の前に座ったのだった。そして、書いているうちに寝てしまった。神埼は頬についた跡をさすりながら、心の底のざらつきを感じていた。
 それにしても、いつランプを消したのだろうか。神埼は頬をこするのを止め、ランプのスイッチに触れた。しかし、何度やっても点かない。
「遂に壊れてしまったか」と、溜め息混じりで呟くと、神埼は手探りで抽斗から懐中電灯を取り出す。一通り部屋の中を確認し、時計を見た。未だ二時にもなっていない。神埼は顔でも洗いに行こうと、原稿をしまい、立ち上がった。
 鍵を開けようとして、神埼は手を止めた。現在、トイレは一階しか使えない。行くためには大広間の前を通らなければならないのだ。それは神埼にとって、出来れば避けたいことであった。だが、散々悩んだ挙句、神埼はドアを開けた。恐る恐る外を覗くと、廊下の電気が消えている。
 何故だろうか? さっきまでは点いていたのに。神崎は不審に思いながらも、懐中電灯を手に、階段を下りていった。

(担当・小衣夕紀)
 遅くなってしまい、本当にすみません。
 これでいいのか、かなり不安です。

 次は、17+1さんです。よろしくお願いします。