blue-ryu-comic blue-spring-jojo その8

 伝えたいことがある。
 空条は神崎の言葉を胸中で反芻しながら、それでも答えを見つけられずに……そもそも意味など無いのかもしれないが、青波翁を訪ねに薄明かりの廊下を歩いていた。さすがにこの季節のこの時間はまだ廊下の明かりなしでは暗いものの、それでも山影が浮かび上がるほどに日は昇って来ていて、そしてそれは台風の通過を意味していた。目先の木々の揺れからもそれが伺える。空条は、ともすれば緩んでしまう頬に活を入れて、少し足早に先を急いだ。
 翁を連れて戻ると番を任せた興山の代わりに翁の息子が大きな欠伸を噛み殺して待っていた。聞くとどうしてもトイレに行きたいとせがんだらしい。まぁ仮眠とはいえ起こす手間が省けたからよしとするものの、もし神崎が興山と寝起きの幸男相手に暴れたらどうするのだろうか。おそらく彼らにスタンガンを持たせていたから諦めたのだろうが、興山の杜撰さとおそらく神崎が胸中に描いたであろう行動に肩を竦め、パントリーの扉をくぐる。
 本来は色とりどりの食器がガラス棚に収められ、趣きある雰囲気を醸し出しているだろう小部屋は、今はその食器たちが仕舞われたり、あるいは大広間へ積み上げられたりして、代わりに映えもしない紙束が一束詰まれているだけだった。貧乏学生の辛気臭さを思い起して、振り払うようにして振り返る。
「幸男さんすみませんがここへ椅子を運ぶのを手伝ってもらえませんか? 犯人が自白するそうですので、それを皆に聞いて欲しいと」
 逃亡も失敗したようだしおそらく自白をしてくれるだろう。あの男は流されやすい上にそこそこ鮮やかな小説を書くものの、実の程度はからきしだった。そこまで本数も多くないから無い頭なりに時間をかけて作っていたのだろう。
 犯罪を。そう思いかけて、ふと原稿用紙が進んでいることに気づく。
「どうやら物書きは口で説明するのがお嫌いのようですね」
 振り返ると翁の肩越しに、椅子を抱えてご立腹の様子の幸男と貧相な顔を下げた神崎の手綱を取る興山の姿が見えた。


 敢えて言うなら判決を下す裁判長と言った所か。敢えて消しているのかそもそも感慨が無いのか、読めない表情のまま用意された椅子に腰を落ち着け、ややあって空条から原稿用紙を受け取る。眼鏡を外して胸のポケットにかけると機械的な動作で原稿用紙、おそらく断章の頁を読み始めた。
「やはりか……」
 少しの間のあと、椅子へ沈み込むと同時に発せられた青波翁の呟きは、存外静かな部屋の中とも相まって重く響いた。
「えぇ、私の推測した方法通りでしたね」
 空条の発言はただ一人を除く全員の頭上を通り抜けていった。
 ―来た。―
 神崎は心臓がひっくり返るかのような感覚を覚えた。
 空条が知らないということはこちらにもまだ交渉の余地があるということである。と言っても真実の範囲が増えるだけだろうが。結局この事実から逃れられるはずもなく、出来るのはささやかな復讐と彼らの身を明かすこと位か。神崎は神崎が唯一独力で書いた人物、古尾山王次郎と自分を重ねた。時系列は違うが大体取る道筋は一緒だろう。まぁどう転ぶにせよ進路指標として、全てを明かして身の潔白を証明するという目的には変わりないが。
 ふっ、と神崎は口辺を動かさず呼吸だけで苦笑いをする。
 覚悟は遥か昔に決めた。未練は先ほど置いてきた。あとは……。
 深く息を吸い込んで、――神崎は突然あの頭痛に襲われた。慌てて額を押さえるものの当然抗えるはずも無く、徐々に視界が乾いた和紙を炙るかのように蝕まれていく。視界を奪われる前に辛うじて神崎は言葉を想起する。できるのはただそれだけで、あとはそのメッセージと神埼の推理力、交渉力に祈ることしか出来なかった。
「どうかしましたか? 神崎さん」
「いえ。 ……いえ、少し眩暈を起こしただけです。 台風が通り過ぎているからでしょうか」
 心配する興山に返して、神埼は再び額に手を当てる。神崎が見聞きしたこと自体はあらかた把握した。……分かっていたことだが神崎は15年前に随分大変なものを仕込んでくれたらしい。とりあえず最後の数秒間に残されたメッセージを解読することが重要だ。そこから神崎の思考に辿り着けるかどうかは不明だが。
 神埼は額から手をずらし、心なしかざらつき始めた頬を撫でると彼の正面に向き直った。
 ―15年前の鍵は青波翁が握っている。―
 青波武生は生気の消えた目でこちらを見つめていた。


ん〜製作時間かけた割りに内容がめっためたな気がする。
そもそも探偵小説じゃなくなっている気もするけどそこはまあ。
とりあえず投げられた複線を自分なりに回収してまた投げてみました。
次は17+1さんですね。よろしくお願いします。