バナナチップ その2
ルーシーの目の前にある皿の上には四つのチップスが並んでいた。大きさは少し違うものもあるけれど、全て綺麗なきつねいろに揚がっていた。これならお客さんに出しても恥ずかしいことなんてない。
「でも、まだ足りないわ…」
チップスは綺麗に上がったというのに、ルーシーは暗い顔をしていた。まだこれでは一袋分にもならない。冷蔵庫の中も見尽くしてしまい、中身は全て床の上だ。そのどれも、これといって使えそうなものはない。
「……白くて、かりっと揚げることができて……」
厨房をぐるっと見回しながら、ルーシーは考えた。なんといってもおばあさんが亡くなってからは、愛犬と二人三脚でどうにかこの店を守ってきたのだ。その件については思い出してしまったが最後、厨房が涙の海に沈むので極力考えないようにしていたので触れないが、今まで色々な失敗はしていたけれど、ルーシーはなんとかこの店を切り盛りしてきた。ルーシーは自分を落ちつかせるように深呼吸をした。
大丈夫。今回も、きっと何とかなるはずだ。
気合いを入れるように、冷蔵庫の扉を勢いよく閉めた。
「きゃっ!…な、なに?」
何かが盛大に崩れさる音に、ルーシーはつい手で顔を覆った。恐る恐る目を開けると、散らばった食材の上に落ちてきたのは白い紙袋だ。紙袋の端は黄ばんでいるので相当昔からあるだろうことは分かる。見覚えはあるような無いような。確か、おばあさんが昔出していた気が。
「おばあさんの……?この紙袋、何が入っていたんだったっけ」
そこには小さな親指ほどの骨がたくさん入っていた。
結局彼らが選んだのは、車は悪路に放置したまま、人が起きてそうな家を探すことだった。
「ギル、本当に車を置いてって大丈夫なのか?」
「お前それ何度言ったら気が済むんだ…あんな高級車、だれも持ってかねえよ」
「いやでもな…」
「二人ともじゃれてないで、ちゃんと探してよ。野宿はいやでしょ?」
三人は暫く歩いたが、人どころか明かりがついている家すらも見当たらなかった。田舎の夜は早い。デリですら日付が変わる前には閉まるのに、午前3時に開いている店なんてあるはずもない。
「くっそどこも開いてねえじゃねえかよ!」
最初に音を上げたのは、短気なギルバートだ。
「まあ時間が時間だしな…もうどっか店が開くまで待つか、適当な家のチャイム鳴らし続けるかしようぜ」
「やるなら一人でしてよ。私嫌だからね」
ベンジャミンの言葉の何が気に入らなかったのか、アシュリーは綺麗な金髪を指で遊んだ。毛先が跳ねる。彼女は気まぐれなところがあった。ぽかんとした二人には目もくれず、彼女はすたすたといってしまった。
「あっおい、ちょっと待てよ!」
ギルバートの声など聞こえていないように無視を決め込んだアシュリーを見て、残された二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
ルーシーの家は二階建てになっている。一階には『Banana Chips』店舗とお菓子を作るための厨房があり、二階は生活スペースという形だ。生活スペースにはリビングと私室が二部屋あり、そのうちの一部屋はルーシーが使っているのだがもう一部屋はおばあちゃんが死んでからほぼそのままになっていた。遺品を片づけなければとは思うのだが、他に使う人がいるわけでもない部屋を空にしてもさみしいだけだのような気がして、ルーシーは今一度片付けそこねていた。だからルーシーの大好きなおばあちゃんの部屋は、生きていたときとまるで同じように残っている。
ルーシーはおばあちゃんの部屋にいた。厨房の探索も済んで自室も探し終わったところだった。もうあとはここくらいしか探すところがない、そんなかんじだ。
定期的に掃除には入っているものの、こんなにじっくりと見るために入るのは初めてかもしれない。ルーシーは高鳴る胸を押さえて時計を見た。午前三時を、さらに四分の一時間ほど回っているところだ。
「わ、まだあったのね…」
それは机の中から出てきた。昔、ルーシーが大好きなおばあちゃんの誕生日にあげた絵だった。拙い文字で『dear grandma』と書かれていた。
思えば、それを見つけてしまったのが悲劇へのさらなる一歩だったのかもしれない。ルーシーはその絵を見ながら足を進めた。おばあちゃんがその絵を大事にしていてくれたのが、とてもうれしかったのだ。
狭い部屋で、そう何歩も歩けるはずがないのに。
「きゃっ…」
何かに躓きかけたルーシーが掴んだのは、木で出来た洋服掛けだった。洋服掛けはその向こう側にあった箪笥を巻き込んで倒れた。どんがらがっしゃーんと、どこぞのギャグ漫画でも使わないような音がルーシーの小さな悲鳴の後に続いた。
「いたた…。でもよかった、上に倒れてこなくて」
ルーシーは尻もちをついて倒れこんでいた。いろんなものが倒れている中、それでもルーシーは怪我ひとつない。
「あら?何か落ちたのかしら…」
おばあちゃんの部屋に一つだけある出窓が綺麗に割れていた。先程まで開いていた覚えがないから、何かが窓を割って外に落ちてしまったのかもしれない。
急いで窓から下を覗き込むと、大きな木製の箱が確かに落ちていた。
「よかったあ…壊れてないみたい。あの箱、凄く丈夫なのね」
ルーシーはほっと胸をなでおろした。二階とはいえ、一階にキッチンを置いているため二階は少し高い位置になっている。外はまだ暗いため、辛うじて落ちた木箱が見えるくらいだ。木箱が落ちたあたりの地面がなんとなく他のところよりも赤黒い気がするが気のせいだろう。木箱がまるで下に何かあるかのように少し傾いているように見えるのも、きっと気のせいだ。
ルーシーは木箱を取ってくるのを後回しにして、おばあちゃんの部屋をもういちど探すことにした。
(担当:斉藤羊)
ホラーというよりもスプラッタとなってきました。
次の担当は花庭京史郎さんです。
よろしくおねがいします。