故障かな、と思ったら その4

 
第四章
 
 ユメは走っていた。村を外れ、舗装すらされていない道を。
 その顔は涙に濡れていた。涙どころか鼻水も出てしまっていて、濡れているというよりぐちょぐちょで汚いのだがそれはさておき、とにかく彼女は泣いていたのだ。
 その理由は簡単で、彼女の従えていた魔神が突然彼女の言うことを聞かなくなったせいだ。レヴィオストーム・嵐の魔神は彼女の手中に収まってから一度もその意思に反した動きはしなかったのに、まるでスズキがうっかり転んだみたいに唐突に、言うことを聞かなくなった。
 とはいえその影響はスズキが転んだのとは比にならない。当然だ、何せこの世界を滅ぼすほどの力を持つと言われる魔神八柱のうちの一柱なのだから。24歳になっても魔法少女を続けている行き遅れがけっつまずいたのとはわけが違う。
 いくらスズキを除けば最年長の12歳となるユメであっても、その恐怖に打ち勝つことは出来なかった。駄々っ子のように両腕をぶんぶん振り回し、おぐぁあああいいいと叫び声を上げる魔神は、ユメ史上最悪の出来事であった。
 思い出すだけで膝が竦み、途中何度か転んでしまった。それでもユメは走り続けた。アセラの洞窟まで、少女の足では普通なら30分程度はかかるのだが、ユメはさっさと変身して飛ぶような速さで走っていた。その頭に犬の耳が生え、鼻は黒くぬらぬらと光り、両手両足に柔らかそうな肉球を備え、お尻から尻尾が、全身から体毛が生えている。どう考えても犬だった。割と可愛らしいため村の中でも好かれており、特に肉球は大人気で、特に理由もなく変身を迫られて毎度困った思いをするためにユメはこの姿があまり好きではない。何しろ自分自身では肉球を触れないからだ。
 村を出てから5分程度で、ユメは洞窟の入り口に辿り着いた。いや、辿り着いたはずだった。
「あれ、入り口は・・・・・・?」
 覚え間違えじゃなければ、ここに入り口があったはずだ。というより、そもそもこの道自体がアセラの洞窟へ向かうために作られたものであり、いくら主要な山道を外れているといっても間違えようがない。中に入ったことはないが、この場所自体は何度か連れて来られているのだ。
 息を整えながら呆然と立ちすくむユメ。今日はアセラの故障が原因で他の魔法少女たちはこの洞窟の中に入っているはず。その洞窟の入り口が崩れているというのは一体・・・・・・?
「ハナイ、ソト、サナ、スズキ・・・・・・!?」
 他に入り口があるのか、ユメは知らない。少なくともこのアセラの洞窟は広く、大きな山の中をまるまるくり抜いて作ったのだとユメは聞かされている。その麓を辿ろうにもこの辺りは山がちであり、とても歩いて散策することはできない。
 つまり、今のユメにこの洞窟の中へ入る手段はない。同時に魔法少女たちが揃わなくては、あの魔神の暴走を止める手立てもない。
「ど、どうしよう・・・・・・」
 じわりと、また目尻に涙が浮かぶ。予想外の出来事が起こり過ぎて、とっくにユメの頭はパニックだ。どうすればいいのか、さっぱり分からない。
 胸元のペンダントが光り輝き、一瞬でユメの体を包み込んだ。次第に光は収まり、そこには仮装じみた変身を解いて元の姿に戻ったユメの姿があった。そのまま膝を突き合わせて座り込んでしまう。
 ユメも他の魔法少女同様、質素な長袖の服を纏い、くるぶしまで覆うブーツをはいていた。魔力の影響かぼんやり紫に輝くその髪は布きれで一つに束ねられ、ユメの背中でユメのしゃくり上げる声と共に揺れていた。
 そのまま、少し時間が流れた。ただユメのむせぶ音が辺りに響き、一層の孤独をユメへともたらしていた。やがてユメの泣く声にぐるるという唸りが混じり始めたことに、ユメは気付いていなかった。
 彼女の背後で、かさりと乾いた砂を踏みしめる音が鳴った。気配を感じてユメが振り向いた時にはすでに、それはすぐ傍にまで迫っていた。
「う、ウルファス!?」
 裏返った声が引き金となって、鋭利な金眼の獣はユメに飛びかかってきた。大慌てでユメがジャンプする。ただちに体勢を整えて振り返ると、先ほどまでユメがいた場所に三本の線が走っていた。ウルファスと呼ばれた獣は凶刃を地面へと突きたてた後そのまま着地し、再びユメへと視線を向けた。
 説明しよう! ウルファスとはその安直な名前の通り、オオカミみたいな見た目の魔物だ! ドーマより強いぞ! 魔法少女じゃ勝てないぞ!
 当然、ユメも説明されるまでもなくそんなことは知っている。しかしここに至り、ユメは目の前が真っ白になってしまった。次にとるべき行動どころか、今自分がどういう状況にあるのかすら失念し、ただ狩られる側に回ってしまった。その様子を見届けたのか、ウルファスは飛びかかろうとせず、放心状態のユメへと一歩一歩着実に歩を詰めた。
 いよいよウルファスがその攻撃の射程圏内へユメを収めようとした、そのとき。
「ユメぇぇぇえええいってぇぇぇぇええっ!!」
 奇声と共に、突然ウルファスが吹っ飛んだ。その衝撃の余波がユメの顔に当たり、ユメはハッとした。
 その眼前に広がったのは、奇怪な光景だった。ウルファスが崩壊している洞窟の入り口に頭から突っ込んでいた。明らかにいけない感じに両足が痙攣している。それも然りで、ユメの近くから吹っ飛んだのであれば軽く数メートルはフライしている。
「いっへ、いっへ、ひひゃひゃんひゃ」
 気絶しているウルファスの代わりにユメの近くに立っていたのは、明確にフルスイングした後の棍棒を右手で掲げたまま左手で口許を押さえ意味不明な言葉を呟くスズキの姿だった。見たところ既に変身しているようで、いつものだらしない恰好ではなく黒色のローブをまとい、右目を隠す寝癖髪の上に同じ色の三角帽子をかぶっている。昔話に出てくる魔女そのままの装いなのだが、スズキが手にしているのは杖ではなく棍棒であるし、そもそも彼女は魔女ではなく魔法少女である。
「・・・・・・は?」
 二転三転する状況に目を回した結果、ユメの口から洩れたのはそんな言葉だった。


「・・・・・・忘れてたの?」
 本来洞窟の中でアセラの修理で向かっているはずのスズキが何故こんなところにいるのかユメが尋ねてみると、てへぺろと舌を出しながらスズキは白状した。呆れ果てる他ないユメは深いため息をつく。
 自分の半分の年齢の少女にため息をつかれたスズキは、でもでも、と大人気なく迫った。
「でもさ、ユメだって忘れてるではないか!」
「あなたと一緒にしないで。私は忘れてたんじゃなくて、行かなかっただけ」
 冷めた顔と声で返した言葉、その理由は当然魔神だ。今朝突然彼女のベッドのそばに立っていた魔神は、触れると強烈な魔力をユメの中に吹き込んできた。その力を以て、ユメは反逆を企てたのだ。あの力を制御することができれば、きっと今の魔法少女の扱いは改善される、そう思って。
 魔神は名をレヴィオストームと名乗った。ちなみに喋ったのではなく、触れたときに流れ込んできた魔力が教えてくれたのだ。魔力って便利である。
(・・・・・・一人じゃ扱いきれなかったけど、みんなでならきっと!)
 小さい頃は、なんとも思わなかった。仕事をするとお菓子をくれたし、美味しいものも食べられたし、他の子たちと違って遊んでいても怒られなかった。他の子は厳しい訓練を積まなければならなかったのに比べて、魔法少女たちはアセラに魔力を打ち込むだけ。それだけで良かったから。
 けれど大きくなるに連れて、ユメは自分たちへの扱いがおかしいことに気付き始めた。どこかせせら笑うような目で見る大人たち。アセラとはこの地方を支える産業の要だ。あれを維持する魔法少女が、何故こんな軽蔑するような視線を向けられなければならないのか。お菓子一つで働かなくてはならないのだろう。変じゃないか。だって自分たちがいなければ、この地方の産業は成り立たないのに。
 その疑念は日に日に積もっていき、今朝ついに爆発したのだった。今思い返すと、随分大胆なことをしてしまった。人一人殺してしまったのだ。もうあの村へ帰れない。今朝は二度と家に戻らないつもりで出発したのに、魔神が手を離れたことで、一気にそのことへの恐怖がユメを責め立て始めた。
「大丈夫か?」
 スズキが、急に顔面蒼白になったユメに声を掛けた。いつもなら行き遅れだ年増だと馬鹿にしているのに、今日ばかりはスズキの存在が頼もしい。ユメはスズキの胸にすがった。うわっとスズキが声を上げる。
「きゅ、急にどうしたのだ・・・・・・ってちょっと、鼻水出てるではないかきちゃないな! 私のローブで拭くな!」
 本当に大人気なく、スズキはユメを引っぺがした。ユメの目からは涙、鼻からは鼻水、口からは涎と確かに汚い尽くしではあるが。
「ったくもう・・・・・・。で、なんでユメは行かなかったんだ? 私の言えた義理ではないが、全員集合だったはずだろう?」
 鼻を真っ赤にしたユメが事情を説明すると、スズキはぷっと噴き出した。
「ああそうか。そういえばそんな時期だったな」
「え?」
 何のことか分からず首を傾げるユメに、スズキはもう一度軽く噴き出してから、
「うん、まぁもう説明してもいいだろう。魔神とは実のところ、お師匠様、つまりハナイのおばあさんが作った代物なのさ」
 ユメは目を丸くした。何しろ魔神とは世界を滅ぼしかねない代物だと言っていたのに。ハナイの祖母、ケイはアセラを作った張本人であるし、偉大なことは知っているのだが、まさか世界を滅ぼすほどの力を持っていたなんて。
 ユメが丸々と開いている目を覗き込んで、スズキは少しにやけながら説明を続けた。少しいらっとする。
「あー、多分別のこと想像しているのだろうが違うぞ。魔神は別に世界を滅ぼす力なんて持ってない。ただのびっくり箱みたいなものだ」
 なおのこと訳が分からなくなったユメは、いらいらしてスズキの腹を抓った。いつもなら贅肉が掴めるはずなのだが、ローブのせいなのか変身の影響か、今日は掴めない。そして感触も、いつものぽにょぽにょしたものではなく、鋼鉄のように固かった。
「何をしているのだ・・・・・・。ともかく、魔神とはお前のような調子に乗った魔法少女にお仕置きをするものでな。自分は世界を滅ぼせる力を持っていると言って魔法少女にすり寄り、魔法少女の意のままに動く。そうして調子に乗った魔法少女は村の大人たちに目にもの見せようと魔神の力を見せつけるわけだ」
「それでなんでびっくり箱なの?」
「ユメ、目の前で大人が消えることはなかったか?」
 魔神の力を借りて大人の剣を受け止めた後で、力を込めると一瞬にしてその大人を炎が包み、消し炭になったことを思い出した。首を縦に振ると、スズキは少し得意げに鼻を鳴らした。
「それは別に死んでいるのではない。村のどこかへランダムにワープさせられているだけだ。探せばきっと見つかるぞ」
「は? ・・・・・・はああああああああああっ!?」
 ユメは叫んだ。それも仕方がなかった。何せ自分がやっていたことは反逆でもなんでもない、ただの悪戯か、良くて嫌がらせだ。滑稽すぎてウコッケイにも指を刺されて笑われてしまう。
「いやぁ、三・四年に一回出てくるのだけどな、毎回誰か引っかかっては爆笑されるのがお決まりなのさ。引っかかるとしたらソトかなと思っていたが、まさかユメが引っかかるとは」
 さらにスズキの説明は続いた。調子に乗って魔神の力を使いまくっていると、ある時魔神が急に倒れてしまうらしい。そうなると魔法少女はなすすべもなく、大人のお仕置きを受けてしまうのだそうだ。
 元は大人への反抗心を抑えるという意味での魔法少女へのしつけと、歪んだ性格のケイが自分を邪険に扱う大人たちへの仕返しを込めて作ったらしい。物理的な技ではどうあがいても倒せず、自分たちの力に自信のある大人たちにも十分な嫌がらせになるようだ。
 本当にさまざまな方面でこの地方へ影響を与えているケイだった。そんな変な発明をしていれば、村の人に魔法少女が嫌われていても仕方はない気がすると思うユメである。
「さてまぁ、過ぎたことはしょうがないから後でお仕置きを受けておいで」
「うぅ・・・・・・」
 ユメは落胆すると同時に、心のどこかで安堵した。自分はまた戻れる。お仕置きは受けることになるだろうけど、それでもまた家に帰って温かいご飯を貰えて、お昼にはおやつを食べて、みんなで遊べる。朝には全て自分には必要ないものだと割り切っていたのに、それが如何に大きいものか、実感した。
 ユメの目尻を今度は一粒だけ、涙が伝った。
 その時。
 この大空をつんざくような轟音が辺り一面にぶち撒かれた。ユメもスズキも咄嗟に耳を覆ってしまうほどの大きな音は、明らかに何かが壊れたものだった。それも小さなものではなく、家や建物など巨大なものが崩落したような音だ。
 二人揃って口を全開にしながら村の方角を振り返ると、竜巻のような空気の渦が村の外れで巻き起こっていた。ちらちらと家の破片のようなものが舞っているのが見えて、余計に開いた口が塞がらなくなった。
「ちょ、ちょっと、魔神って無害なのよね・・・・・・?」
 どう考えても竜巻が発生している位置はつい30分ほど前にレヴィオストームが暴走し、放置してきた場所であった。自称嵐の魔神というぐらいだし、竜巻を起こせても不思議はないが、明らかに嫌がらせの域を超えている。
「い、いや、私に言われてもな・・・・・・。今のは全部お師匠様の受け売りだし」
「無駄に長く魔法少女やってるんだから少しぐらい頼りになりなさいよこの年増!」
「や、やめろ! 年のことは言うなぁ!」
 その後も幾ばくかの言葉の応酬があり、お互いに息が切れ始めたところで止まった。その頃には、竜巻はさらに勢力を増していて、徐々に村の中心部に近づいているような気がする。
(魔神の暴走など、聞いたことはなかったが・・・・・・。まさか本当に何か異変が起こっているのか?)
 そのことについて、思い当たる節がないわけでもないスズキである。今度はスズキが顔面蒼白になる番だった。その変化に敏く気付いたユメはスズキの肩を揺さぶりながら尋ねた。
「な、何か知ってるの? 知ってるでしょ!」
「いいいいや、なななにも知ら知らないぞ! と、とにかく、入り口が塞がっているということは他の三人は閉じ込められているということだろう。救出しに行くぞ!」
「ねえってば! 絶対何か知ってるでしょ!」
 話題を逸らしたスズキを問い詰めようとするユメだったが、スズキはさかさかと洞窟の入り口の前まで移動する。ねえとユメが何度問いかけようとスズキはだんまりを決め込んだ。
 結局ユメは諦める他なかった。
「まぁ魔神についてはおいとくとして・・・・・・。どうやって洞窟の中に入るの?」
 すると全く視線を合わせようとしなかったスズキが突然得意げにユメを見下ろした。途端にイラッという気持ちがユメの中で沸き立つが、そこは持ち前の寛容さで耐えるユメだった。
「説明しよう! って言った方がよいか?」
「普通にお願い」
 するとスズキはまた唐突に右の人差し指をユメの目の前で立てた。こうして頻繁に沸き立つ苛立ちが、ユメのスズキへの態度に繋がっているのだがそんなことスズキが知る由もない。正確には、知る由があったところでスズキも持ち前のずぼらさを発揮するだけである。
 何とか掴みかかる寸でのところで堪えたユメに向けて、スズキは今日一番の得意げな顔で言った。
「私はテレポートの達人だぞ?」





「華衣、おやつの時間よー」
 気が付くと、時計の針は九十度になっていた。最近学校で習ったことをしっかり使える自分を内心で褒めながら、守川華衣は遊んでいたお人形たちをそのままにして自分の部屋から出た。
 とんとん、とリズムよく階段を下りると、丁度母がリビングからキッチンへ入ろうとしているところだった。
「おやつ、テーブルの上に置いといたわよ」
「はーい!」
 元気よく挨拶を返すと、母はにっこりと笑ってキッチンの中へ入っていった。華衣もリビングの戸を開ける。L字型のソファの前におかれたテーブルの上に、いつもお菓子を乗っけているお皿が見て取れ、華衣は益々上機嫌になった。浮足立ってソファに座った後、改めてまじまじと今日のおやつを観察する。
「あれ?」
 さっきまであったはずのお皿が消えている。その代り、テーブルの上には何か別のものが乗っていた。じっくり見ると、それはテレビでしか見たことないようなピエロのお面だった。お世辞にも可愛いとは言えず、華衣の趣味ではない。
 華衣は不思議に思い、キッチンにいるはずの母に尋ねてみた。
「おかあさん、お菓子はどこですか?」
 きっと母が置き間違えたのだ、そう思って華衣はじっと母を待った。思った通り、母はすぐに現れた。しかしその母も、どういうわけかピエロのお面をつけている。華衣は顔をしかめた。
「おかあさん、趣味悪いですよ」
 すると、お面のはずのピエロの口が、にっと大きく裂けた。そしてその手に持ったお皿を、底が見えるように持ち上げて、こう言い放った。その一言を聞いた瞬間、華衣を絶望が襲った。


「今日のおやつは、ありませんよ」


 バカなっ! おやつがないっ!?
 その一言にして世界が光を失い、座っていたはずのソファはぐにゃりとその形を歪めて華衣を飲みこもうと動き始める。耳障りなピエロの笑い声が華衣の耳を襲った。ぐらぐらと揺られ、これは夢なのではないかと思いこもうとする華衣。しかし現実は無情だった。
 気が狂いそうになるその一歩手前、最後の時に、華衣は叫んだ。
「おかあああしいいいっ!」
 叫び声は、とてもこの世のものとは思えない怨嗟に満ちていた。





「なぁ、この洞窟に入ってからどんぐらい経ったっけ?」
 第二のアセラを目指すハナイ、ソト、サナ、カズキの一行が、最大級のアセラ・カエンの元を旅立ってからいくらか時間が流れた後で、ソトがふとした疑問を口にした。ソトの歩みに合わせて、彼女の魔力で紅蓮に輝く短い髪の末端が揺れている。
 彼女の素朴な疑問に、一同は思い思いに答えてみた。
「一時間ぐらいじゃないでしょうか?」
「もう一日の半分ぐらい経ったと思う・・・・・・?」
「え、いや、僕に訊かれても・・・・・・」
 本当に思い思いの回答にソトは突っ込もうかと思ったが、労力の浪費にしかならないと悟って止めた。代わりに今の話を受けて自分の中で考えを巡らす。
「なんか、洞窟の中にいるせいか時間の感覚なくなってきてないか?」
 ソトとしては大事なことである。いつ脱出できるか分からない以上、休息を入れる機会を設けなくてはならない。場合によっては安全を確保しつつ寝なければならないのだ。そうなると休憩を入れるタイミングを計る必要が出てくる。そんな深謀だったがしかし、間髪入れずにハナイがぴっと人差し指をソトの鼻頭に突きつけて言った。
「かもしれませんね。だけどそんなことはどうでもいいです! 今は次のアセラを見つけなくては!」
「人に指差すなアホ!」
「あ、アホとはなんですかアホとは!」
「アホだからアホだって言ってんだよこのアホ!」
 この洞窟に入ってから幾度ともしれぬ喧嘩の火種が大きく燃え上がり始めた。その様子にサナは深いため息をついた。サナの暖かい黄色の髪も持ち主に合わせてひょこりと跳ねる。彼女の髪は二つに束ねられて鎖骨にかかっていた。
「け、喧嘩は良くないよ・・・・・・」
「カズキは黙ってろ!」「カズキは黙っててください!」
 同年代の少女二人の気迫に押され、せっかく仲裁に入ろうとしてくれたカズキの心はクラッシュされてしまった。ただでさえ盗賊団にいたせいで女の子となんてまともに話したことないカズキにとって、異色の魔法少女たちは完全に手に余る存在だ。ことあるごとにお菓子を食べ、喧嘩をし、かと思えばけろっと仲直りをしているのだから。
 意気消沈し、通路の隅で小さく縮こまってしまったカズキの――どうせ僕なんて、というつぶやきが聞こえる――肩を、サナの小さな手が叩いた。カズキが振り返ると、サナは引きつったような笑みを浮かべた。
「ふ、二人とも先行っちゃったよ?」
 努めて明るく振舞おうとするその声は震えていた。臆病なサナにとって、外の世界から来た盗賊であるカズキは畏怖の対象なのだろう。というか、本来女の子の犯罪者に対する反応ってこれが正しいと思うのはカズキだけなのだろうか。カズキはありがとうと微笑み返して、やっぱり自分の顔が引きつっていることに気付いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 如何ともしがたい沈黙のとばりが二人の間に降りた。お互い一言も発せず、次第に視線を合わせることさえ息苦しくなり逸らしてしまった。重い、二人揃ってそう思った。
「おい二人とも何してんだ! 早く行くぞ!」
「置いてっちゃいますよ!」
「う、うん、今いくー!」
 お互い微妙な笑みを浮かべたせいで微妙な空気が流れ始めたところで、助け舟だ。サナはとっとと走って行ってしまった。カズキも置いてかれぬよう、慌ててその後を追いかける。
(そもそも、喧嘩って歩きながら出来るものなのかな・・・・・・?)
 喧嘩していたはずなのに自分とサナよりずっと先にいる二人に首を傾げながら、カズキは走った。
 ちょっとしてサナと並んだ時、隣で並走する突然サナが叫んだ。
「あ、危ない! 後ろ!」
 サナの口から物騒な単語が飛んだ。その言葉はカズキに向けられたものではなかった。カズキもサナの警句と同時に、ハナイとソト、二人の後ろに危険の存在を認めた。
「ドーマだ!」
 カズキが叫ぶと、ハナイとソトがようやく振り返る。途端、二人は余程びっくりしたらしく跳びあがった。ぎゃあという悲鳴が洞窟の通路に反響する。
 ドーマは弱小の魔物であり、単体で出てきた場合は然程厄介ではない。戦士の訓練を積んだ子であれば、落ち着いて闘うことで十分屠れる相手である。今回も、ドーマは一体だけ。見た目からしてもせいぜい中型の犬に少々大きめの牙が付いた程度で、凶暴さも感じられない。
 それでも、ハナイとソトはパニックとなった。思った以上にドーマが近づいてきていたのだ。今その場で変身したとしても、安全が確保できない。魔法少女の変身中は攻撃しないと言う暗黙の了解など、魔物には通用しないのだ・・・・・・多分。
 咄嗟に動いたのはソトだった。一瞬、彼女の体を赤色の閃光が包み、光の鎧が解けたと同時にハナイを引っ掴んで後ろへ猛然と跳んだ。すっきりとしたスーツのような装束、その朱が伸びる。魔力によって増幅された脚力に任せて、ソトは二歩、三歩と後退を繰り返し、寸の間にカズキとサナのもとまで下った。
「サナ、なんとかならないか!?」
「む、無理だよぅ」
 息を切らしながらサナに訊ねるソトだが、サナはドーマにすっかり怖気づいてしまったようだ。いくら魔物としては下級とはいえ、イノシシとはわけが違う。イノシシに対してなら変身さえしていれば滅多に怪我など負わなくなるが、魔物に対してではそうもいかない。だからこそ、魔物は『魔物』と呼ばれているのだ。
「私が行きます!」
 ソトに抱えられたまま、ハナイが叫んだ。ソトがハナイをきっと睨む。
「バカ! 今お前の変身が失敗したらみんなやられちまうだろ! そんなんに賭けれられるか!」
「なんですとぉ!」
 こうしている間にも、ドーマは近づいてきていた。ドーマの目が紅く光る。タイムリミットは刻一刻と迫っていた。ソトは次の一手を決めかねたまま動けず、ハナイは変身を止めるソトに抗議を繰り返し、サナは来たる恐怖に怯えるばかりだ。
「くそ、やっぱりあっちに変身するしかないか・・・・・・?」
 ソトは自分のペンダントを強く握った。
 ――ソトの変身には、2パターン存在する。今のソトは、赤色のスーツを着ているだけの簡単な変身だ。すぐに変身でき、彼女の動作を魔力で補助できるようになるが、それ以上の効果はなく、とてもドーマを倒すには至らない。もしドーマを撃退したいのであれば、さらに強力な変身:猫モードになるしかない。
 変身するのであれば、かなり近づいてきているドーマにこれ以上の接近を許すわけにはいかない。とはいえ、今のソトに猫モードを十分維持できる魔力はない。今の状態でも魔力の消費は激しいし、元々猫アレルギーも手伝って、猫モードへの変身・維持には相当の魔力が必要であり、満タンの状態からでも三分程度が限界なのだ。親は砂時計の代わりになるわ、と喜んでいるが当人としてはたまったものではない。
「ええい、ままよ―――」
 ドーマが臨界点まで近づいた。ソトは意を決してペンダントへと魔力を注ぎ込もうとする、そのときだった。
「やああ!」
 どこか気の抜けた声を上げながら、カズキがソトの脇から飛び出した。突然のことにソトが目を丸くする。飛び出したカズキの手には、どこから取り出したのか小型のナイフが握られていた。
「待てカズキ、危ない!」
 ソトの制止も聞かず、カズキはさらに一歩足を踏み出した。ドーマの動きが寸の間止まる。しかしドーマはすぐにカズキに狙いを定めると、両後ろ脚で地面を蹴っ飛ばし、カズキめがけて真上から襲いかかって来た。
 そこからのカズキの動きは、奇妙としか言いようがなかった。ぐにゃりと左に枝垂れるかのごとく倒れ込むと、左足を軸にして右足を時計回りに回転させ、紙一重でドーマの一撃を避ける。そこから間髪いれずに両足に力を込めて飛び上がった。振り上げたその右手にナイフが輝き、飛び上がりからの襲い掛かりに失敗したせいで体勢を崩していたドーマへと全体重の込めて振り降ろした。




「すごいじゃないですか!」
 戦闘が終わった後、ナイフに付いた血をボロ切れで拭うカズキにハナイが話しかけた。ハナイはすっかり興奮しているようで、爛々と目を輝かせている。当のカズキはそれにびっくりした様子で、
「え、いや、そうかな?」
「そうですよ! ドーマを撃退してしまうなんて!」
 ハナイはずいずいとカズキに迫って来た。鼻先をハナイのおでこが掠め、思わずカズキは後ずさり、石につまずいて転んだ。急に転んだカズキに、ハナイはきょとんとしている。
「あら、大丈夫ですか? 気をつけないとダメですよ」
「誰のせいだよ」
 ハナイの頭を小突きながら、ソトは尻もちをついていたた、と唸っているカズキを見下ろした。そのまましばらくカズキを睨みつける。
 カズキの装いは御世辞にも良いとは言えないものだった。両膝に穴が空いたダボダボのズボンと、切り口が乱雑な半袖のシャツ、今にも壊れてしまいそうなブーツ。ぼさぼさの青い髪。盗賊団というだけあって、確かにまともな暮らしはしていなさそうである。
「お前、一体何者だよ」
「え?」
「何を言ってるのですか?」
 きょとんとしているカズキ。異を唱えようとするハナイを制しつつ、ソトはさらに問い詰めた。
「あの動きは尋常じゃない。上級の魔物をぶった切ることが出来るうちの村の兵士だって、あんな動きができるのは何人いるか・・・・・・。お前、何者だよ」
 ソトはカズキの襟首をひっ捕らえると、そのまま持ち上げた。先程の奇妙な動きからは想像がつかないほど、カズキの体は軽く宙に浮いてしまった。ソトの眉間の皺がさらに厳しくなる。やはり、こいつはおかしい。
「く、くるし・・・・・・」
「言えよ! 何なんだよお前は!?」
「ソト!」
 ソトの握力が一層強まるとともに、ハナイの怒号が飛んだ。と同時に、ソトの頬に鋭い痛みが走った。その衝撃に思わずソトは右腕の拘束を緩め、カズキが再び尻もちを突き、カズキはげほげほと咳き込んでしまった。ハナイがソトの頬を引っ叩いたのだ。いきなりの出来事にソトが激昂する。
「何すんだよ!」
「命の恩人に対して何してるんですか! せっかく助けてくれたというのに・・・・・・!」
「今のは、私もソトが悪いと思う」
 すっかり鼻息を荒くしているハナイと、今まで黙っていたのに口を挟んできたサナ。二人の後輩に諭されて、少しソトは鼻白んだ。反射的に自分の中で反論したい衝動に駆られるが、如何に化物じみた動きだったとしても、カズキが3人を助けてくれたことは事実なのだ。
 こればかりは自分にも非があることに気付き、ソトは変身を解くと、今度は右手をカズキに差し出した。
「・・・・・・悪かったよ。助けてくれて、ありがとな」
 当のカズキは、差し出された手にびくっと肩を震わせながらも、恐る恐るといった具合で右手を重ねてきた。思っていたよりも華奢な手を、思い切り引っ張り上げる。立ちあがったカズキのもとへ、ハナイとサナも近づいて来る。ハナイがカズキの左手を両手で包んだ。カズキの手がびくりと震えた。
「さっきはありがとうございました! でも次からはこの私がなんとかして見せましょう! 魔法少女最強の私が!」
 カズキの手を離しながら、ソトは「誰が最強だ」と突っ込んだ。カズキが首を傾げる。
「最強・・・・・・じゃないの?」
「な、何を言うのですか! 最強ですよ!」
「この前私に負けただろ」
「で、ですからそんなことは忘れました! ただ調子が悪かっただけです」
「忘れてるの? 忘れてないの?」
「きぃっ! もう、誰がなんと言おうと私が最強なのです!」
 頬を真ん丸に膨らませてすっかりいじけてしまったハナイ。ハナイがカズキから離れたのに続いてサナがぺこりと頭を下げた。小さなおさげが軽く揺れた。
「あの、ありがとう?」
「え、あ、うん」
 そのまま沈黙。相変わらず、異様な空気が漂い始める二人であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 お互い視線を合わせず、かと言って何かを話すわけでもなく、重苦しい静寂だけが垂れる。2回目だが、まだ慣れない。
 嫌な空気を打ち破ったのは今度もソトであった。
「何してんだよ。お礼終わったならさっさと行くぞ」
「あ、うん」
 その言葉に釣られて、サナは既にいじけたまま先へ進み始めているハナイのもとへ走り寄り、並んで歩き始めた。その様子を見届けて、ソトも先へ進もうとする。そのソトへカズキが声を掛けた。
「あの、よく分からないけど、怒らせてゴメン・・・・・・」
 その言葉に、ソトの歩みが止まった。くるりと後ろを向く、その目は鋭くカズキをねめつけていた。再びカズキの肩がびくんと跳ねる。おののき始めたカズキに、つかつかと詰め寄ったソトは、カズキの間近まで迫った。
「え、と、ゴメン・・・・・・」
「いや、あれは私が悪かったよ。でも、一つ訊きたい」
 予想外の一言に、カズキが首をひねる。ソトがさらにずいっと近づいた。
「お前、なんであんなに強いんだ? もし良かったらさ、アタシに強さの秘訣、教えてくれよ」
 真剣な表情でカズキを見つめるソト。だがしかし一方のカズキはといえば、真剣さどころではなかった。
 何しろ生まれてこの方女の子という存在がカズキの周りにいなかったのだ。そんな存在にずずいっと迫られて平然としていられるほど、カズキは無欲でもなければ達観してもいない。吐息すらぶつかってしまいそうなほど近距離で、カズキはドギマギしてしまった。
(なんか・・・・・・いい匂いがする)
「おい、聞いてんのか?」
 無反応なカズキを怪訝な表情で見つめるソト。カズキの目の前で右手を煽ってみると、ちょっと遅れてカズキが瞬きを繰り返した。それでも呆けているカズキにいらっとして、ソトはカズキの額へとデコピンをかましてみた。
「いたっ」
 ようやくカズキが明確な反応を見せた。やっとの反応にソトはすっかり呆れかえった様子で再び訊ねた。
「何ぼうっとしてんだよ。んで、教えてくれるのか?」
 問い詰めるソトに対し、話を聞いていなかったカズキがどもっていると、ようやく二人が進んでいないことに気付いたハナイとサナが戻って来た。ハナイが声を掛ける。
「御二方とも、何をしてるのです? 早く行きますよ」
「ん、ああ。悪い」
 間近まで迫っていたソトがカズキから離れ、特に何事もなかったかのようにハナイと共に先頭を歩き始めた。追ってサナも戻るが、その途中で未だにドキドキしているカズキへ、くるりと振り返った。
「あの、行こう? もうすぐ、アセラに着くと思うし・・・・・・」
 サナの言葉に現実世界へと呼び戻されたカズキが見た表情は、前と比べてもう少し柔らかくなっているように、カズキには見えた。
「あ、うん」
 頷いて、駆け足にサナのもとへ並ぶ。二人の間は相変わらず沈黙ばかりであるが、3回目ともなるとなんとなく慣れてきたような気がしたカズキだった。





「いかにも、吾輩が十二のアセラが一、スギヒラなり。崇めよ、魔法少女ども」
 ドーマの戦闘から少し経って、すぐに第二のアセラは見つかった。白く、笠が薄く広く伸びているキノコだった。そしてとっても尊大だった。カエンに負けじとも劣らない。
 早速ソトの逆鱗に触れ、ソトは無言でスギヒラへと足を振りおろしていた。
「ぎゃああああっ! 何をするんだこの無礼者! ブス! デブ!」
「なんだとこのクソキノコ!」
 一瞬にして尊大さは失われたものの、ソトの琴線に触れることに変わりはなく、ソトはスギヒラへと何度も足を振りおろしていた。
「ちょ、ちょっとソト! ダメですよアセラに乱暴しては!」
「うるせえ! こいつ〆る!」
 ハナイが止めに入るも、無駄に偉そうからの暴言コンボがよっぽど頭に来たらしく、サナとカズキが加わってようやくソトの踏みつけは止まったのだった。
 何度も踏みつけられたスギヒラはと言えば、すっかりその目に涙を浮かべ、体を震わせて暴力への恐怖を表していた。威厳丸つぶれである。
「と、とにかく、貴様らは吾輩を迎えに来たのであろう? カエン殿から話は聞いておる」
「え、話を聞いてるって?」
 サナが疑問をぶつけると、スギヒラは再び偉そうにし始めた。
「我々アセラはテレパシーで繋がっておるからな。会話自体はいつでもできるのだ」
 へぇ、と素直に感心するハナイ、サナ、カズキの三人。対してソトはまだ怒り冷めやらぬのか、語気を荒げて言い放った。
「だったら自分らで移動しろよ! なんでアタシらが集めに行かなきゃいけないんだよ!」
「ひっ・・・・・・! そ、それはだな少女よ、我々アセラは自分では動けぬからだ。何せ、このなりだからな」
 すっかりソトに苦手意識を持ったのか、スギヒラは委縮しながらそう答えた。面目丸つぶれにもほどがある。ハナイから飛んでくる非難の視線に、ソトは舌打ちした。
「そ、それじゃ、持って帰ろう?」
 サナの提案にハナイが頷いた。
「サナの言う通りです。早く次のアセラに向かわなくては! 魔神を倒すためにも!」
「う、うむ。よろしく頼む。丁重にな」
 かくして一行は、ソトの機嫌を損ねながらも二つ目のアセラ・スギヒラをゲットしたのであった。





「ちょっとスズキ! 誰がテレポートの達人よこのド下手!」
「そ、そんなこと言われてもしょうがないだろう! どうやらこの洞窟には特殊な魔力場が発生しているらしく、うまく空間に干渉できないのだ!」
 スズキとユメは二人して頭を地面に刺しながら、そんなやりとりをしていた。ちなみにテレポートからそのまま地面に頭をぶっ刺したのではなく、上下逆様にテレポートした挙句の結果である。スズキの名誉のために一応補足しておく。結果的にはどちらも変わりはないけれど。
 ユメは既に変身しており――でなければ着地時に首の骨がいかれてしまっている――、そのパワーの有りっ丈を腕に込めた。するとそのまま逆立ちの要領でユメの頭が持ち上がり、地面から抜けた。時を同じくして、スズキも有りっ丈の力を込めて逆立ちから抜けだした。
「まぁ、二人とも無事で良かったじゃないか、な?」
「それ、あなたが言っちゃいけないでしょ」
 ユメが呆れながら辺りを見回す。洞窟内は当然暗いが、ペンダントに魔力を注ぎ込むことで光らせることが出来る。魔力制御の初歩の初歩で、これが出来なければ変身を行うことすらできない。加えて変身している最中のユメは鼻が利く。その鼻をして、異臭をかぎつけた。
「うっ、生臭」
「そりゃ洞窟だから仕方あるまい。犬鼻にはきついかもしれんな」
 思わず鼻を摘まみそうになるユメだったが、右手の指でつまむ直前、獣臭さとは違う臭いをかぎ分けた。
「ん? 何この臭い? なんか、血みたいな・・・・・・」
「血? それはどこからだ?」
「あっちよ」
 本当の犬の如くすんすんと鼻を利かせながら、ペンダントの明かりで道を照らしながら先へ進む。進むたび、その臭いは強くなっていった。次第にユメの眉間が寄っていく。明らかに尋常じゃない量の血の匂いだ。下手すれば人が死んでしまうほどの・・・・・・。
 やがて、その現場が目に映った時、思わずユメは吐きそうになった。
「な、何これ・・・・・・」
「うわ、酷いな」
 二人の感想も尤もで、そこは確かに凄惨であった。
 場所自体は何ともない、洞窟の通路の一角だ。しかしその足もとに、バケツでもひっくり返したのかと疑いたくなるほどの液体が散らばっていた。全て血だ。濃厚な鉄の臭いが辺りに充満し、ユメは一瞬変身を解こうかと思った。
 その血溜まりに近づいて、スズキは顔をしかめた。
「これ、人が死んでるんじゃないか? こんな大量に出血したら、一瞬で血が足りなくなるだろう」
「ひっ! こ、怖いこと言わないで!」
 目の前の惨状とスズキの直球球にすっかり腰が抜けてしまい、その場にへたり込むユメ。そこは大人の貫録と言うべきか、スズキは比較的冷静だった。ユメに手を差しのべながら、状況を分析する。
「けど、そこらに死体は見当たらないしなぁ。とりあえずハナイたちと合流せねば」
「そ、そうね」
 死体が見当たらないことで少し落ち着いたのか、ユメもスズキの手を借りて立ちあがった。
「けど、テレポートできないんじゃどう探すの?」
「うーん、そうだなぁ・・・・・・」
「私が探してみようかしら?」
「そうね、探せるのなら・・・・・・って、え?」
 スズキとユメの会話に、ちゃっかりと誰かが交じっている。そのことに気付いたユメとスズキが振り返ると、ごつごつした岩の陰に隠れて、キノコがあった。目あり口ありで喋る辺り、当然アセラなのだが、そんなことユメもスズキも知る由もなく、そもそもキノコにすら気付かずに
「だ、誰だ! も、もしかしてお化けってやつか!?」
「な、何言ってんのよ! お化けなんてこの世にいるわけないでしょ!」
 ビビり始めた二人に、アセラは頬を、あるいはそれに類すると推察される部分を膨らませて言った。
「そうよそうよ、私はお化けじゃないわ」
「「ひぃっ!」」
 肩をすぼませて、同時に抱き合う二人。得体の知れぬ、場所も分からぬでは恐怖になるのも致し方ないことだが、魔法少女年長組が情けない話であった。ここにきてようやくアセラも事情を察したらしく、
「って、あなたたちアセラのこと知らないわね。そこにキノコがあるでしょ。それが私よ」
 アセラ・・・・・・? と揃って呟く二人に、アセラはふんぞり返って言った。
「私はアセラ。十二のアセラのうちの一つ、ツキヨよ」




(つづく)




「ユメと」
「スズキの」
「「お便りコーナー」」
「はい、というわけで、早速一枚目にして最後のお便りです」
「やる気ないな」
名古屋市在住、R.S.さんからのお便り。『ユメの口調が変わっていますが、どうなっているのですか?』」
「あー、確かにそうだな」
「あれは大人たちへのぶりっ子口調でーす。普段は普通に喋っているのです。大人たちにはこっちの方が受けがいいのです」
「あれ、私は大人じゃなかったっけ?」
「それではみなさん、また次回お会いしましょう」




次回予告
 アセラが全て揃った! 魔神との戦いの行方は!? そして臭いフェチとなったカズキの魔の手がソトへと迫る! 迫る変態の手から、ハナイは変身してソトを守れるのか!? 「お願い、成功してください!」
 次回、「故障かな、と思ったら」第五章! 「変身失敗!?」 次回もお楽しみに!
(注:タイトルと内容は予告なく変更する可能性があります)




(担当:鈴生れい)