故障かな、と思ったら その5

 
 
 ハナイの髪が爆散した理由には、おおよそ四つある。
 まずは、当然、彼女自身の実力不足があげられる。魔法少女のための実力に関して、彼女は未だに不完全な部分があるのだ。そのため、変身失敗というミスが生まれた。けれど、彼女だけなれば。ここまで酷い状況にはならなかっただろう。
 二番目の理由は、スズキが要因である。これは論理的という話ではなく、あくまで経験的に当然な理由といえよう。この地方の魔法少女がなにかしら不幸な目に遭う場合、その八割はスズキが絡んでいる。彼女がもう少し慎重に行動していれば、このようなことは起きなかっただろう。
 三番目の理由は、彼女は知り合ったアセラをすべて頭の上に乗せていたことにある。そのせいで魔力のバランスがやや頭部に寄ってしまったのだ。
 そして、最後の理由は――。
 ・・・
 
 スズキとユメはアセラ・ツキヨと出会っていた。
 最初、彼女たちはツキヨを訝しげな視線で見つめながら、「アセラがキノコであるものか」と呟いていたが、どうやらツキヨが正真正銘にアセラであると理解すると「アセラってキノコなんだ」と頷いた。
 洞窟のなかで、スズキはハナイの祖母であるケイのことを思い出していた。
(そういえば、お師匠様はそんなこと言っていたっけ?)
 そして、べつのことを考える。
(このキノコが宝石をつくり、このキノコのために魔法少女は働いていたのか……)
 スズキが珍しく真面目に思考を続けるなかで、ツキヨはペラペラと饒舌に説明していった。十二匹のアセラ、八匹の魔神、ハナイたち、そして盗賊の下っ端、洞窟、アセラの力だの。時折、驚いた表情をして、時折悲しげな表情をして、ツキヨはやけに元気なアセラであった。キノコのくせに。
「えぇと、まとめると」、ユメは軽く頷いたあとで言った。「現在、八匹の魔神が暴れていて、そしてそれを倒すにはアセラを十二個集める必要があって、わたしたちをおびき寄せた。ちなみに、ハナイたちはもう二つほど見つけていると」
「そうよそうよ、アンタ理解が早くていいわ」、ツキヨは満足そうに言った。「ん、でも、もう一方の魔法少女はもう二個目を見つけたみたいね。アンタたちと違って、働き者ね」
「……まぁ、働いてないことは認めるけども」
 ユメは恥ずかしそうに、そう呟いた。そして、それからあることに気づいて、不思議そうに首を傾げた。
「でも、なぜ魔神が暴れ始めたの? 今朝、わたしの枕元に立っていた時は……。いや、あれはケイ様のイタズラか。それとは、別に理由があるのね」
「そうなのよ。本当は封印されているはずなのにね」
 ツキヨは深刻そうにため息をついた。
「今朝頃かしら、一体何者かによって魔神が解き放たれたのよ。実は、絶対に唱えてはならない呪文があって、それを唱えると、本当にもの凄いことが起きるから禁断中の禁断の魔法で、仮にうっかり口にしようものなら死刑も辞さないような恐ろしい罪を犯した馬鹿な人間がいるらしの」
「なんて酷いやつなの!」、思わずユメは叫んだ。「私がしたことより千倍もおぞましい。そいつは血も涙もないのかしら。一体、どれほどの人間に迷惑をかければ、そんな恐怖の呪文をあっさりと唱えられるのよ」
 その声にツキヨは頷いた。
「まったく、許してはおけないわ。アセラを集わせ魔神を倒したのちには、その犯人を徹底的に懲らしめてやりましょう。ウキエ地方全員で犯人探しをしたのち、最強魔法千本ノックの刑に処しましょう。任せて。アセラの命令に逆らう人間なんていないはずだわ」
「わかった! すぐにわたしたちも行動しましょう。絶対、魔神を暴走させた悪魔のような人間を討ち取りましょう。一体、どんな顔をしているのかしら? ねぇ、スズキ?」
 物事に感化されやすいユメは今朝のことをすっかり忘れて、犯人討伐に意気込んだ。それからツキヨと揃って、スズキの方を見た。
 そこには腹を抱えながら、苦悶の表情を浮かべながら顔面蒼白なスズキがいた。彼女の顔からは尋常ではないほどの汗が吹き出し、顎の下には水たまりをつくっている。そして、小動物のように細かく震えるばかりであった。
「どうしたの?」とユメは訊いた。
「陣痛」とスズキは苦しそうに会えた。
「なにが産まれるの?」
「罪悪感」
 当然、ユメは首をかしげるばかりである。
 そこでスズキ、禁断の呪文をあっさりと読み上げた張本人はあることに気がつく。
(って、あれ? なにかおかしくね? わたしが呪文を唱えたのは今朝だぞ? でも、その前にはアセラの調子は悪くて、魔法少女の洞窟探検は決まっていた)
 仮にツキヨの話が本当なら、スズキが呪文を唱えたあと、魔法少女が呼び出されないとおかしい。
(アセラは予知していた? あるいは、わたしが呪文を読むことは確定していた? それとも――)
 スズキは呟く。
「――時間がズレている?」
 さっきから感じているが、どうにもこの空間はおかしい。気味の悪い魔力が混み合っていて、いくつもの吹きだまりが点在している。それに、道中ですれ違った謎の鮮血。
 この洞窟で一体、なにがおきているのか?
 ケイは一体、なにを残した?
「スズキ、どうしたの? 顔、悪いよ。はやく犯人を見つけないと」、ユメがそう尋ねてくる。
「顔色な。顔は美人だ」、スズキはそう呟いて立ち上がった。「と、とにかく、そ、そうだな犯人か。いや、その前にわたしたちもアセラを探そう。すぐに。本気で。最高速で。わたしがユメを担いで、ショートワープを連発するぞ!」
「え、いや、それは危険すぎる! アンタのワープはさっき失敗して、」
「うるさい! いいから黙って従いなさい!」
 スズキはそこで魔法少女に変身したあとで口にした。
「とにかく、なにか慈善行動をしないと、わたしがリンチに遭って殺されるかもしれんのだ!」
 そう宣言してから、ユメとツキヨを掴むと彼女は駆け出した。
 
 ・・・
 
 つい、さきほど見つけたアセラ・タマシロオニはハナイの頭の上で「おやおや、魔法少女が増えたぞい」と呟いた。
 このアセラはやけにおっとりとした性格のくせに、こだわりが強くハナイの頭の上から離れない。彼女のモフモフとした髪を魔力で編み込んで、自分のためのベッドを作るとそこに居座ってしまったのだ。アセラに好かれて、優秀な魔法をめざすハナイも特に不満はなかった。
魔法少女が増えた?」、そのタマシロオニ、通称タマの言葉に反応したのはソトだった。「二人? 一人?」
「多分、一人じゃ。ツキヨと出会ったな」
「あの先輩ども、ようやく来やがったか。『現在、アセラ二つゲット』と伝えてくれよ」
 タマは小さく頷いたあと、数秒黙り込み、やがて「ぎゃふん」と言った。
「どうしたのです?」と自分の頭を必死に見つめようと瞳を動かしながらハナイは訊いた。
「いや、うまく連絡が取れなくてな。はやすぎる。なにやらショートワープを多用しながら洞窟を駆け巡っているようじゃ。あ、ニセクロハツもゲットした」
「スズキさんですね、なかなかやりますね」
「う、うーん、なにやら物凄い形相で、いや伝わってくるだけで全身震えるような悪鬼のような勢いで駆け回っているのだが……なんだか背負われている少女が泣き喚いているくらい……」
「……誘拐ですか?」
 もちろん、そのスズキの頑張りは全部、自己保身のためとは思いもよらない彼女たちであった。
 
 ・・・
 
 アセラ探しは順調のように見えた。
 ハナイが意気揚々と先頭を歩き、そのあとにソトとカズキが並ぶ。ときに、ハナイとソトがケンカをして、また、あるいはソトがカズキに強さの秘訣を尋ねる。カズキは誤魔化すように笑って、受け流す。
 別の地点では、スズキが洞窟内をワープと全力疾走を続けて巡り続け、失敗すれすれのワープにユメが涙声で「年増、とまれ!」と叫び続ける。
 ハナイたちはアセラ・ドクツルを見つけ、これでカエンを除き、三つゲット。
 少女離れした二十四歳の脚力と魔力をもって洞窟内を進み、スズキはタマゴテング、ワライを手にして、四つゲット。
 残るアセラは、ジャグマアミガサ、コレラ、ニガクリ、ドクササコの四つとなった。
 けれど、見つかっていく度にはしゃぐ少女たちをどこか静観した顔で見る人物がいた。
 彼女はとっくに気がつき始めていた。
 
 だからこそ、「いい加減にしろよ、クソ野郎……」とサナは一人呟いたのだった。
 
 ・・・
 
 アセラ探しが進みにつれて、だんだんと少女たちの疲れが出始めていた。いくら変身ができるといっても、やはり幼い少女であることには変わりない。スズキを除いて、十歳前後がほとんどなのだ。
 そして、一番露骨に疲れが出始めたのは、最年少であるサナだった。
 ハナイはヘタクソな鼻歌を歌いながらどんどんと前を進むが、だんだんとサナとの距離が広がっていった。徐々に、徐々にだけれど、サナは一行から遅れていった。
「大丈夫?」と声をかけたのはカズキだった。彼は何回かどもりながら、照れくさそうに「荷物、もつよ」と声をかけた。
「あ、ありがとう? 力持ちだね?」
「う、うん、まぁ、男の子だしね」
 ぎこちなく会話を交わして、カズキはサナの荷物を担いだ。そして、そのまま二人は並んで歩いて行った。目の前では、ふたたびハナイとソトが口論を始めている。どうやら今度は、お菓子のオレンジ味と紅茶味に関する議論らしい。
 あまりの甲高い声での応酬にカズキはついていける気がおきず、そのままサナと一緒に歩いていくことにした。
(けど、この娘とあんまり一緒に歩かない方がいいのかな……)
 歩きにくい岩場を進みながら、カズキは思う。
(やっぱりボクのことを怯えているみたいだから……)
 自身もまだ女の子が苦手という状態である。それでも、なんとかして自分が安全だというアピールをしたくて、カズキがなにかを発言しようとした時だった。
「ソ、ソトちゃんと仲良くなったんだね」
 突然にサナがそう口にした。
 カズキは一瞬驚き、「そ、そうだね」と頷いた。「仲良くなったというより、一方的に話しかけられている感じかな。強さの秘訣だとか、何回も何回も」
「ソトちゃんは魔法少女がき、嫌いだからね。もっと強くなって、勇者とか戦士とかになるために」
「そうなんだ……」
 まさか彼女がそんなことを考えているとは、カズキは思いもしなかった。それから「あぁ、だからハナイちゃんとケンカばかりするのか」と答えた。やっと得心がいったのだ。
 ほんの少しだけれど、カズキはソトに興味を持ち始めていた。それは『なんだか良い臭いがする』だとか、そんな不純なものではなく、もっとほっこりと優しい感情であった。
 ただ漠然と、彼女のことを知りたくなった。
 初めて出会った、不思議な『女の子』という存在に。
 カズキはなぜだか顔が赤くなるのを感じていると、サナは小さく微笑んだ。
「もっとソトちゃんに強さの秘密を教えてくれればいいのに。ご、誤魔化していないで。だ、大盗賊団の一人なんでしょ?」
「え? 別に大きくないよ。七、八人しかいない盗賊団だよ。う、うん」
 怯えている様子もありながらもサナは必死にカズキに話しかけてくれるようだった。なにか、こそばゆいもの気持ちをカズキは抱いた。
「ね、ねぇ」、だから彼は自身の恥ずかしさを精一杯に堪えて、口にした。「そ、それより、あ、え、えと、別に変な気持ちはなくて、なんとなくなんけれど、も、もっとソトちゃんのこと教えてくれないかな?」
 その言葉を言ってしまったあとで、カズキはすぐに後悔した。自分は年下の女の子になにを聞いているのだ、と。
 カズキはすぐになにかしらの言い訳を考えたが、さきに言葉を発したのはサナだった。彼女は柔らかく、まるで春の日差しのように優しく微笑んだあと、
「調子に乗るんじゃねぇよ、このクソ野郎」
 と告げた。
 
 ・・・
 
 ユメとスズキがさらに回収したニガクリの会話。
「ときにユメ殿、ユメ殿」
「あ、なに? なんで、この状況で悠々と会話ができて、ってスズキ! ぶつかる、ぶつかる! 死ぬ! もうワープしないで! つーか、下ろせ!」
「ユメ殿は魔神に会ったのでしたよね? どんな外見であった?」
「はぁ? 形なんかないわよ。とにかく巨大だったわ。なんか腕っぽいものは生えていたけど。とにかく、くろいモヤモヤした感じ? なんで、そんなこと聞くのよ」
「拙者、臆病なのでありまする」
「古臭い口調のくせに」
「かたじけない。一体、どうやって手懐けたのですか?」
「別に。今朝突然ベッドのそばに立っていた魔神が、触れると強烈な魔力を私の中に吹き込んできたのよ。魔神は名をレヴィオストームと名乗ったわ。ちなみに喋ったのではなく、触れたときに流れ込んできた魔力が教えてくれて。魔力って便利ね、って」
「む?」
「どうしたの?」
「ベッドの外に『立っていた』? 二足歩行? しかも、サイズが小さいようで」
「違うわよ。その時は、別の姿だったわ、あ、スズキ! 危ない! とまれ、ババア!」
「別の姿とは?」
「しつこいはね。魔神は少年の姿だったわよ。わたしと同じくらいの背丈の男の子だったわ。魔神は、変身する前、みんな少年の姿をしているんだって。あぁ、もうハナイたちはどこ? 彼女たち、三人だけじゃ不安よね。スズキの暴走も止めてもらわないと。あぁ、もう死ぬ! 死ぬから! 下ろせえええええぇ!」
 
 ・・・
 
「調子に乗るんじゃねぇよ、クソ野郎」
 当然、カズキは耳を疑った。彼が知るサナは間違っても、そのような言葉を吐くような存在ではなかった。けれど、彼女のかつてないほど鋭い視線が彼女の発言が事実であったことを物語っていた。
「え、えと」、カズキは絞り出すように言った。「ど、どういうこと?」
「ね、ねぇ、盗賊団のほかのメンバーはどこにいるの? い、生きているの?」
 つっかえながらも、サナはカズキに質問を投げかける。
 カズキはしどろもどろに頷いた。
「う、うん。え、えぇと、きっとウキエ地方のどこかにいて……」
「それは有り得ないよ? だって、ここの監視魔法は世界最強クラスよ? ただの盗賊が隠れられるわけがないよ?」
「そ、それでも、か、隠れているんだ」
「じゃあ、質問を変えるね。なんでソトちゃんに自分の強さを教えないの? あのドーマを瞬殺した、この地方の人間だって誰にもできない動き。というより、人間とは違う動き?」
「た、大したものじゃないよ。た、ただ、なんとなく教えないだけで」
 カズキは早口で答えると、サナは無邪気そうに笑った。
「あ、あんな動きを目の前で見せて、ま、まだ言い逃れられると思っているのね?」
 カズキは何も反論できずに、押し黙った。
 重苦しい沈黙が二人の間に生まれていた。前方で仲良くケンカしているハナイとソトの声がやけに遠く感じる。洞窟内に二人の足音が不気味に反射していた。それから、カズキはツバを飲み込み、「キミは、本当に子どもなの?」と聞いていた。
「う、うん。当たり前だよ?」とサナは答えた。
 けれど、カズキにはそれを信じることができなかった。
「ね、ねぇ、サナちゃんはなにが言いたいの?」
「何も言いたくない」とサナは答える。「七、八人っていう奇妙な言い方は、八柱の魔神うち、一柱がケイ様の玩具になっているからかな、とか。魔神なら監視魔法をすり抜けられるかな、とか。盗賊でなにを盗んでいたの? 人命、村落、それとも、国なのかな、とか。そして、カズキはアセラを盗むことで、魔神を制御できるアセラを狙うことで何をしたいのかな、とか――全部何も言いたくない」
「喋りたくないんだ」
「そう。仮にカズキの正体が魔神だとしても」
「ボ、ボクの正体が魔神だとしたら」、カズキは乾いた声で言った。「時系列がおかしい。魔神が復活したのは、今朝のことで」
「時系列なんてとっくにおかしいよ? こ、この洞窟に入ってから。そ、それ以前に、わたしたち、何回か死んでいるもん」
 そこまで気づいているのか、とカズキは呆然するしかなかった。それから、女の子とは案外恐いものだと、思い知るしかない。
 だから、カズキはそこから無理に言い訳することなく、サナに質問をした。
「仮に、いや、ボクが魔神ということを、なんで他の魔法少女には言わないの? 盗賊団というのが、魔神の集団であることを」
「だ、だって、わたしのことなんて誰も信じてくれないから。ど、どうせ言ったとしても、馬鹿にされるに決まっているの。だから言わない。わ、わたしは諦めているから。わ、わたしが必死に、この世界を見ても、み、未来は変わらないんだ」
 苦しそうにサナは呟いた。
「だから、わたしは何にも言いたくない」
 その言葉にカズキは混乱するしかなかった。さきほどまで人間離れした洞察力を披露して、なにを悩んでいるか、と。けれど、よくよくサナの姿を見れば、やはり彼女はただの少女だった。
 そこでカズキはサナになにかしらの言葉をかけようとしたが、その前にキッと睨まれた。
「ま、魔神のくせに調子に乗らないで。は、白状して。ほかの魔神は今、どうしているの?」
「う、うん」、ここまで見抜かれて誤魔化せるとはカズキも思っていなかった。「レヴィオストーム先輩は多分、この地方で暴れている。彼はケイに作られたとはいえ、ずっと玩具にされたからね。憎しみで、自身の創造主の故郷であるムラを壊す、ボクらの言い方的には盗むことになるんだと思う」
「ケ、ケイ様も変なもの作ったね」
「かくいうボクも、というより魔神全員、ケイに作られたんだけどね」、あの偉大な魔法少女を思い出しながらカズキは言った。「もう一柱はここの洞窟にいる。ピエロマスク。外見は名前の通り。見たことない?」
「あ、あれも魔神だったんだ。残り五柱は?」
「もう死んでる」
 カズキは静かに答えた。
「ボクが全員、殺した」
「こ、これは意外。仲間をこ、殺したり、カエン様の気を遣ってアセラの秘密を探ったり大変なんだね。ア、アセラを盗むために来たとか言っていたね。あ、あれは本当? 最終目的はなに?」
 最後にサナは訊いた。
「ね、ねぇ、もし魔法少女がアセラを全部集めたら、アナタはどうするの?」
 魔神を打倒できるほどの魔力をもつ、伝説の魔法少女・ケイの最高傑作。
 サナの質問にカズキはすぐには答えられなかった。
 黙ったいるカズキに向かって、最後にサナは「魔神のくせに、人間ぶってソトちゃんに興味示すんじゃねぇよ」とだけ言った。
 その言葉にカズキはただ「違うよ」と答えるしかなかった。なにが違うのかは、彼自身もよく分からなかった。
 
 ・・・
 
 新しいアセラ・コレラをゲットしたハナイはご機嫌だった。
 手に入れたアセラは全部、頭の上に乗せて、ずんずん洞窟の奥へと進んでいく。
「素晴らしいペース! まさか開始から二時間でアセラをここまで集めるなんて! さすが最強の魔法少女!」
 その浮かれた声に対し、後ろから「いや、絶対に半日以上は経っているだろ」とめんどくさそうなソトの声がかかってくる。けれど、ハナイの都合のいい耳には入ってくることはなかった。
「って、あれ? あれ?」、そして、そこで亡霊のように横に出現したカズキの存在に気がついた。「む、カズキじゃありませんか? どうしたんです? 逃げるようにこちらへ来て。なんだか、顔が疲れていますよ」
「そ、そうかな?」
「はい。そろそろ休憩しましょうかね? でも、今わたしたち、スズキたちに負けているのですが。わたしたちは四個しかないのに、向こうは五個も」
 ハナイは勝手に対決を始めていたのだった。指折り数えながら、残りのアセラの数を確認する。すると、上からアセラたちの声が降ってきた。
「あ、ハナイちゃん! 向こうはとうとうドクササコを見つけたようだぜ!」
「なんですとぉ!」、思わずハナイは叫んだ。「なんてこったい! もうアセラは一個しかないじゃないですか! 六対四なのに! カズキ、休憩は我慢しましょう。最後の一個くらいゲットしないと。最強の魔法少女の名が廃る!」
「う、うん。元々、休憩は要らないよ」
 カズキはしどろもどろにそう答えた。
 それからハナイはずんずんと前を進み続けていた。「うおおおおぉ」と雄叫びをあけながら、歩いていく。ソトは「アホか」と呆れ声をだして、サナは「はやいよぉ」と弱音を吐いていた。
 カズキは黙ってついていく。その顔は呆れでも弱気でもなく、ただただ憂鬱そうだった。
「む、カズキ本当に大丈夫ですか?」、ハナイはそう尋ねる。
 カズキは一旦、躊躇するように俯いたあとで訊いた。
「ねぇ、もしハナイはアセラを全部、集めたらどうするの? 魔神を退治するの?」
 ハナイは首をかしげた。
「さぁ?」
「さぁって……」
「カエン様に言われて、集めているだけですから。後のことは考えていません! でも、退治だの物騒なことは嫌ですねぇ」
「ど、どうして?」
「アセラの管理が魔法少女の仕事で、アセラは魔神を退治できるんですよね? だったら結局は魔神を管理するのも魔法少女の仕事です。みんな、仲良くなればいいのです!」
 そのハナイの言葉に、カズキは目を丸くした。
 もちろん、ハナイにはなぜカズキがそんな質問をしてくるかは不明であった。けれど、彼女はあんまり細かいことは気にしないのである。
 そんな彼女に対し、か細い声でカズキは「ハナイはすごいね……」と言っていた。
 ハナイは満面の誇らしげな顔で
「なにせ、わたしは最強の魔法少女ですから!」
 と叫んだのだった。
 
 ・・・
 
 アセラ・ジャグマアミガサに最初に見つけたのは、ハナイたち一向であった。
 そのアセラはやけに開けた場所にであった。明かりで丁寧に照らしてみれば、どうやらドーム上の空間らしい。ぜひとも走り回りたい空間ですね、とハナイはそんなことを考えた。
 そして、その壁にジャグマアミガサは埋まっていた。
「あれが、最後のアセラか。高い位置にあるな」、ソトは冷静に呟く。「少し待ってろ。変身してとってくるよ」
 そう言いながらソトが自身のペンダントに触れようとしたが、その手はハナイが止めた。
「待ってください。最後の仕事はわたしがやります。美味しいところはもらうのです!」
「あぁ、そう。まぁ、いいけどさ。わたしもどうせ疲れているから。よし、みんな逃げるぞ。コイツは変身失敗すると爆発するからな」
「なんですとぉ!」、ハナイは叫ぶ。「そんなことは一度もありませんよ!」
 けれど、そんなハナイの言動には耳を貸さず、全員ができる限り隅によった。こんな閉鎖空間で爆発を受ければ、それこそ洒落にならない。
 そそくさとみんなが退散したところで、ハナイは「ふふん」と言った。それから、自らのペンダントに手を当てて、「変身!」と叫んだ。
 悲劇はそのときに起きた。
 動き出していたのは、カズきであった。彼が下がったのは決して爆風から逃げるためではなく、助走をつけるためだった。駆け出して、自身の野望を果たすため、最後のアセラだけは自分の物にしようと駆け出す。
 けれど、アセラを手にしようとしたのは、ハナイやカズキだけではなかったのである。
 洞窟の横から
「わたしの自己ほしいいいいいいいん!」
 と喚きながら、スズキがまるで鉄砲玉のような勢いで飛び出してきたのである。そして、彼女の勢いが止まることなく、モロにスズキとカズキは衝突した。
 さらに不幸なことに、カズキが吹っ飛ばされた先には変身途中のハナイがいた。
「へ?」と彼女が声をあげる。
 突然に飛び出してきたスズキ。
 そして、なぜかスズキと激突しているカズキ。
 変身途中で、体内に魔力を巡らしている自分。
 おまけに、頭の上にいるアセラたちもみんな驚いて、魔力を放出してしまって、
 
 その結果、変身は失敗して、ついでに、ハナイの髪は弾け飛んだのである。
 
「え、ええええええええええええぇ!」
  
 強さを目指し、魔法少女を嫌いカズキに惹かれていくソト。
 この洞窟のカラクリに気づきながらも諦念するサナ。
 無茶苦茶な高速移動に付き合わされ、気を失っているユメ。
 勢いのまま岩壁にめり込んでいるスズキ。
 望みを叶えるために迷いながらも突き進む魔神・カズキ。
 
 魔法少女とアセラと魔神をめぐる冒険は、すべてのアセラが揃い、ハナイが丸坊主になることで終盤へと向かう。

(つづく)