バナナチップ その4

 僕とギルバートは、少女に二階の居間へと案内された。中は暖かく、非常に快適だ。僕は至極丁寧に切り出した。
「やあ、ありがとう。本当に助かったよ。ぜひとも向こうに戻ってから、改めてお礼がしたいからアドレスを教えてくれないか?」
 かなり直球ではあるが、彼女はいったいどんな反応を見せるか。アシュリーの携帯にはロックがかかっていたはずだ。
 少女は訝しげな表情でこちらを見返した。まるで僕が何を言っているのかわからないといった様子で。
「君、スマホを持っていただろう? 連絡先を教えてくれないかな?」
 僕は、彼女が先ほどスマホをしまったポケットを指さして言った。少女は僕が指差したポケットからスマホを引っ張り出した。
「へえ、これってそういうものなの」
「それは君のものなんだろう?」
「私のポケットに入っていたんだもの。私のものなんでしょ?」
 余りの言い草に、僕は唖然となった。
「ふざけるのもいいかげんにしろよ! それは…」
 ギルはバカにされたと感じたらしい。今にも少女に掴みかからんとするギルバートを押しとどめる。ここで詰め寄るのは得策でないと思う。少女は僕たち二人を交互に見つめると、1人頷いた。
「いろいろあってちょっと疲れているんじゃない? きっとそう。何か甘いものでも食べたらいいんじゃないかしら。」
 そう言って彼女は部屋から出て行った。


 少女が部屋を出て行ったのを確認すると、僕はギルを小突いた。
「少し落ち着けよ。こちらがカッカしても仕方ないだろう。」
「ああ…すまん。つい、な…」
「気持ちはわからんでもないが」
と、扉の向こうからガチャガチャという音が聞こえてきた。間もなく菓子の乗った皿とポット、カップを持った少女が入ってきた。すると部屋の中が何とも言えない魅力的な香りに包まれた。だが、なぜか僕は背筋がぞっとするような思いがした。なぜといわれてもわからない、直感としか言いようがないのだが。何とも言えず恐ろしい思いがしたのだ。
 僕はそんな気持ちを振り払うように、殊更陽気に言った。
「やあ、こんなにありがとう。とってもうまそうだね。」
 少女は僕らを見ると大きく目を見開いた。
「まあ、まあ、まあ…待ちきれなかったの? …はい、どうぞ。」
 少女はポットに入った紅茶を僕らに差し出しながら言った。
「私はルーシー。このBanana Chipsの店主をやっています。それで、あなたたちは?」
「えっ? 君は何を言っているんだ?」
 ルーシーと名乗った少女はむっとしたように眉を寄せた。
「何をって何よ?」
「君は、だって…リンダだろう?」
「なんであなたが私のおばあちゃんの名前を知ってるの?」
 僕は思わず隣のギルを見やった。ところが彼はぼんやりとお菓子の乗った皿を見つめているではないか! 僕は再び彼女と向かい合う。
「おばあちゃん? 何を言ってるんだ、君が自分のことをリンダだって名乗ったんだろう?」
「私は名乗ってなんかないわ。家を整えるためにすぐ家に入ったでしょ…あなたたち、大分待たせてしまったので入ってきたのでしょ? そんなにぼうっとしてたつもりはなかったんだけど…ごちゃごちゃしていたのを片付けて、お茶の準備をして、それからちょっとつまみ食いしたりしてたら…」
 少女は少し頬を赤く染めて目をそらした。
 これはいったいどういうことだ。先ほどリンダと名乗った少女が今度は自分がルーシーと名乗る。実は双子で僕らをからかっているのか? そんなバカな。だとしたら一体…


 僕の思考はギルが突然手を掴んだことで遮られた。
「いったいなんだっていうんだ! 考え事していたのに」
「ねえ、君」
 その時のギル、ギルバートの表情は、今まで見たこともないものだった。
「君…あなたって、とっても素敵な指をしているんだね」