ななそじあまりむつ その4

 スケイチは思わず後ずさりをした。目の前に立つ白装束の男から放たれるただらなぬ威圧感に、押しつぶされてしまいそうな気分だった。全身の筋肉が強張り、身体を上手く動かすことが出来ない。口を開くことすらままならない状態だった。
「ここでなにをしていますか」
 男は相変わらず無表情で質問を繰り返した。三度目だった。
 答えなくては。今すぐ答えなくては。スケイチは焦り始めていた。しかし、いかんせん口が上手く開かない。緊張しているせいか、言葉を絞り出そうとしても歯ががたがたと震えるだけであった。
 この男は何者なのだろう。透き通るような白色の装束と、無機質な問いかけ、そしてその場にいる者を押しつぶしてしまうような威圧感。どうみても普通の人間には見えなかった。
 もしくは、人間ですらないのか。
 スケイチはハッと我に返る。ならば、もしかするとこの男が、
「神さまですか? 神さまなのですね?」
 全身の力を振り絞るように、スケイチは必死に言葉を吐き出した。
 しかし男はスケイチの問いに答えない。
「ここでなにをしていますか、と聞いているのです」
 男はただ、もう一度質問を繰り返しただけだった。
「お、おれはっ」スケイチは少し取り乱すものの、深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせ、男の質問に答えた。「贄にしていただきたくて、やって参りました」
 男はそれを聞いて、些か眉をひそめた。
「しかし、贄はもうすでに……」
「存じております! ですが、」スケイチはすがるように言った。「おれはどうしても神さまの補佐になりたいのです。そのためだけに、生まれた頃からずっと、洞窟で修行を積んできたんです!」
「しかし」
「ご無礼なのは十分承知しておりますが、どうか、どうかおれを、神さまの補佐にしてください!」
 スケイチは誠意をこめて深々とおじぎをした。
「これはどういうことですか?」川の上流のほうから、姿の見えない旅人が口を挟む。白装束の男を問いつめているようだった。「補佐とはどういうことですか?」
「あなたは静かにしてください」
 男は声がした方向に向けて、ゆっくりと、且つ力強く、旅人を窘めた。男の威圧に気圧されたのか、旅人はそれきり口を噤んでしまった。
 そして男はまた、スケイチのほうに向き直して言った。
「私は贄の代わりに釣り合いを約束しなければなりません。しかし私は二人分の贄の釣り合いを約束することはできません」
「おれの分の釣り合いはいりません! おれは、神さまの贄に、補佐になりたくて、自らの意思であなたのもとへやってきたのです。村人にはきちんと手紙でその旨を伝えてあります。どうかっ!」
「ふむ」
 男は考えに耽るように黙り込んだ。スケイチはお辞儀の姿勢のまま、上目遣いで男の方をうかがう。
 神さまは、受け入れてくれるだろうか。
 だれも言葉を発しない。本来この森にあるべき静かさが、再びスケイチらを包み込んでいた。かすかに聞こえるのは、森のほうから聞こえてくる虫や鳥の音と、小川のせせらぎだけだった。ちょろちょろ、ちょろちょろと、小川は途絶えることなくただひたすらと流れていた。
 一匹の蟻が、お辞儀をしているスケイチの前を通る。蟻は少しの間スケイチのまわりで彷徨いつづけたものの、やがて巣へ帰っていった。
 どれくらいの時が過ぎただろうか。男はようやく考えるのを終えて、口を開いた。
「よいでしょう」
 相変わらずの無表情だった。
「本当ですかっ!」スケイチは表情を輝かせながら身を起こす。「ありがとうござい――」
「ただし、条件があります」
 男が冷淡な眼差しでスケイチの言葉を遮る。
「あなたも、ななそじあまりむつの謎かけに挑みなさい」
 その言葉を聞くや否や、スケイチの目の前は真っ暗になった。
 
  *      *
 
 畳の上で寝ているなまっちろい肌の少年を目の前に、ミヨは疑問と不満を抱いていた。
 川の下流の行き止まりあたりでの出来事の後、白装束の男は突然眠ってしまった少年を抱えて見えない壁の内側へ入ると、これから屋敷に戻るので共に来るようにとミヨに命じた。
 いつもの如く反論を認めないような物言いだったので、彼女はおとなしく男の命令に従うことにした。
 白装束の男は屋敷に着いて少年を畳の上におろすと、ミヨにこう告げた。
「私はあなたにこの少年の面倒を見るよう命じます」
「この少年が来たということは、わたしはもうあなたさまの贄にならずにすむのでしょうか」
 ミヨは恐る恐る訊ねた。自分は助かるかもしれない。この少年が身代わりになってくれるかもしれない。希望の光が差し込んできたかと思えた。
「いいえ」
 男はただそれだけ答えて、どこかへ消えていってしまった。どうしてなのか問いかけることも、文句を言うこともできなかった。文句を言う度胸があればの話だが。
 ミヨは溜息をつきながら、畳の上で安らかに眠っている少年を見た。白装束の男が去ってしまってから少し時間が経っていたが、少年はまだ起きる様子はなかった。
 少年はえらく痩せていた。肌は象牙のように生白い。たしかミヨを「歓迎」する村の宴会に参加していたのだから、彼は麓の村に住む子なのだろうか。しかし、どう見ても屋外で農作業をこなせるような体格ではない。病弱でずっと家の中で療養をしている子なのだろうか。それとも。
 ふと、ミヨはあの時の少年の言葉を思い出す。あの時は白装束の男を怒らせないように静かにはしていたが、少年と男の間の会話はしっかりと聞いていた。
『生まれた頃からずっと、洞窟で修行を積んできたんです!』
 少年はそう言っていた。なるほど、それなら合点がいく。
「それにしてもこの子はいったい……」
 ミヨは不思議に感じていた。生まれた頃から洞窟で修行をしていたというのも、自ら進んで神さまの贄になりたいというのも、ミヨには理解し難いことだった。
 そして白装束の男が自分のことを手放さないのも、理に適っていないことだった。この少年が自ら進んで贄になりたいと言っているのに、男は少年を受け入れたはずだというのに、ミヨは相変わらず贄のままらしい。贄はひとりで十分だと言うならば、男は贄になりたがっている少年を受け入れて、贄になりたくないミヨを手放すべきではないか。
 ミヨは不満で仕方がなかった。
「こんなところでぐずぐずしているわけにはいかないのに……」
 もう一度溜息をついて、天井を仰ぐ。
 ななそじあまりむつの謎かけ。言い当てられなければ神さまに食われてしまい、言い当てれば神さまの嫁になる。ミヨとしては、どっちも嫌だった。
 当初は謎かけの答えを探して、命の危険がなくなってからゆっくりと脱出の手段を図るつもりだったが、当たる気配は一向にない。そもそも手掛かりは皆無に等しいし、たとえ運良く言い当てたとしても、あの男は嘘をつくこともできるのだ。完全にミヨに不利な勝負である。
 白装束の男は、最初からミヨを食うつもりなのかもしれないのだ。贄に希望をあたえ、散々悩ませたところで取って喰らう、邪悪な神さまである可能性も捨てきれない。
 出口はもう既に確保してある。あの川の下流に、水面の下の抜け道があることは確認できたことなのだ。ミヨは、今すぐにでもここから脱出したい気分だった。
 しかし迂闊な行動は禁物だ。
 あの男の力はあまりにも強すぎる。何もないところから屋敷なり本草書なり持ち出してくることができるうえに、少年を眠らせることもできた。ただ逃げるだけでは捕まってしまう恐れがある。
 何か脱出の策が必要だ。やはりまずはおとなしく謎解きをしながら密かに策を講じるべきか。それとも……。
 ミヨがそう思慮に耽っていると、
「うっ……」
 横たわっている少年が目を覚まして、ゆっくりと身を起こした。
「ここは……」
 少年は困惑した顔で、あたりを見回した。状況が掴めていないようだった。
「ここは神さまが創った屋敷です。具合はどう?」
「大丈夫です」
 少年は髪の毛を掻きむしりながら言った。
「そう。君、名前は?」
「スケイチと申します」
「わたしはミヨ。よろしくね」
 ミヨはできるだけ友好的に、優しく、暖かく、スケイチに微笑みかけた。長旅で培ってきた、見た者を安心させ、そして油断もさせられる微笑みだった。
 スケイチと名乗った少年はぽかんと口を開けて少しばかり見とれていたものの、すぐに目を逸らすように下を向き、ぼそりとつぶやいた。
「よろしくお願いします」
 そしてスケイチは何かを思い出したかのように顔をあげて、ミヨに尋ねる。
「あ、あの。神さまが言っていた、『ななそじあまりむつの謎かけ』とはなんなのでしょうか?」
 よく考えてみれば、あの白装束の男はただそれだけを伝えて、謎かけの内容を伝えずにスケイチを眠らせてしまっていた。不手際にもほどがある。男が命じた「少年の面倒を見る」というのは謎かけを説明することも含められているのか。随分と身勝手でいい加減な神さまだ、とミヨは心の中で悪口を叩いた。
 しかたなく、ミヨは謎かけの内容を一字一句きちんと教えてあげた。以前、大事な謎かけの内容を忘れないようにと、白装束の男からもらった紙と筆で記憶がはっきりしているうちに書き記しておいたものがあるので、その辺ぬかりはなかった。
「神さまの正体を言い当てる、ですか……」
 説明を聞いたスケイチは考え込むように額に手を当てた。
「本当に神さまの化身について何も聞かされていないの?」ミヨが聞いた。
「はい。本当に知らないです」スケイチは残念そうに首を横に振る。「おれも神さまは神さまだと思っていたので」
 おかしい。ミヨは怪訝に感じていた。彼が神さまの補佐になるために修行を積んでいたのであれば、神さまの素性に関心を持たないはずがないのだ。
「しかし、今になって考えてみると――」
「考えてみると?」
 スケイチは黙り込み、思慮に耽る。ミヨは正体の手掛かりが増えるのではないかと、期待しながら静かに待っていた。
 やがてスケイチは整理がついたみたいで、口を開いた。
「おれは神さまが何の化身であるかに興味を持たないよう教え込まれたのかもしれません」
 返ってきた言葉に、正体の手掛かりを期待していたミヨは肩透かしをくらった。しかしよく考えてみれば、スケイチの今の発言には興味深いところがあった。
「……教え込まれた?」
「はい」
 スケイチは、彼が生まれたばかりのころから洞窟の中に入れられて外に出ることなく育ったこと、贄として選ばれた彼は神さまの補佐となり一生を終えると巫女に伝えられたこと、良き補佐となるために字の読み書きなどを巫女から教わっていたことを、ミヨに話した。
「――でも、神さまがどういうお方なのか、一度気になって巫女にお話をせがんだことがあったんです。そしたら」
「そしたら?」
 ミヨは続きを促した。
「巫女はただ、『神さまは神さまですよ』と言いました。おれがもっと具体的に教えて欲しいと駄々をこねると、巫女は怖い顔で、『神さまに、それ以上のことは教えるなと固く禁じられているのです』とおれを窘めました。何年か前の話です」
「だとすると、巫女は神さまと話したことがあって、神さまの正体を知っているということ?」
「巫女たちは、彼女らは神さまの使いであると名乗っていましたが、正体を知っているかどうかまではおれには分からないです」
「そうね……。第一私たちはここから出て巫女に会うことができないし、運よく壁の中で巫女に会えたとしても、君の話を聞く限り、巫女から答えや手掛かりをもらえる見込みはなさそうね」
「壁?」
 スケイチが不思議な顔をした。
「そうか、君はまだ知らないんだっけ」ミヨが補足の説明をする。「謎かけにもあったでしょう、『謎かけのあいだ、私はあなたをここから逃がしはしないだろう』って。ここの周辺には見えない壁が張られていて、私たちはそこから出ることができないの」
 ミヨは川の水面下に抜け穴があることを、あえて教えないことにした。スケイチはミヨと同じ『ななそじあまりむつの謎かけ』を課されてしまった謎解き仲間でもあるのだが、彼の素性をあまり知らないミヨは慎重になる必要があった。
 スケイチは神さまの補佐になりたがっているのだ。彼が手柄目当てに告げ口をする可能性は十分有り得た。
 それに、神さまはミヨたちに共同作業で謎を解かせるつもりなのか、それとも競争させるつもりなのかも、ミヨにはまだ分からなかった。
「それにしても、謎かけが解けたらおれは神さまの嫁になるのか……」
 スケイチが浮かない顔で独り言をつぶやいた。
「……そこはたぶん、補佐にしてもらえるんだよ」ミヨは呆れながら言った。「問題は、解けなかったら君も食われてしまうかもしれないんだよ」
「神さまが人を食べるんですか?」
「実際に人を食べた所を見たことないから、分からないけど。『取って食おう』って言っているし……。君はそれについてもやっぱり聞かされていないの?」
「何も……」
 スケイチは首を横に振った。
 もしかしたら巫女たちに騙されていたのかもしれないな、とミヨは思ったものの、それほど同情はしていなかった。スケイチが騙されていただろうが村がどういう事情を抱えていようが、ミヨにとってはどうでもよいことだった。
 何せ村人はミヨを騙して贄にしたのだ。スケイチだって、今は被害者ぶっているが、もしかすると本当はミヨを騙すことに加担していたのかもしれない。
 そういった懸念が拭えない今、ミヨはスケイチを気の毒に思うことができなかった。
 だが、ここで彼につっけんどんになるのも意味が無いことだった。
 なにしろスケイチはミヨの知らない重要な情報を握っているかもしれない。ひとまずは仲間として受け入れて、情報を引き出すなり智慧を借りるなりするのが上策だ。
「だから頑張って謎を解かないとね」
 ミヨはできるかぎりの優しい口調を装って、スケイチに励ましの言葉をかけた。本当は先の見えない謎解きなんぞ投げ出して、逃げたくてしょうがないのだが、逃亡の策はまだ思いついていない。ここはとりあえず真面目に謎解きをする姿勢を出さなければならなかった。
「はい。頑張ります」
 スケイチは意気込んだ姿勢で答えた。

  *      *

 ミヨは本草書が置いてある部屋にスケイチを連れて行き、そこで謎かけについていろいろと智慧を絞ることにした。朝晩の時間での答え合わせのことや、もう既に8日間謎解きをしていること、本草書を頼りに答えを片っ端から探していることを、ミヨはスケイチに伝えた。
「下手な鉄砲も数打てばあたる、ですか」
「下手言わないの」
 ミヨがむっとして言い返した。
「……失礼しました」
 スケイチが恭しく頭を下げた。もしかするとまだ川で会った時みたいにミヨを「神さまの補佐になる人」として慕っているのかもしれない。
「手掛かりがほとんど無いから、しょうがないのよ」
 ともあれ、ほぼミヨの勘だよりで本草書の動物や植物を答えていったので、「下手」といえば確かに「下手」だった。本草書と付近に生えている植物で場所を特定して化身を当てようともしたが、うまく行かなかった。別の考察の仕方を試みるべきなのかもしれない。
「手掛かりですか」
 スケイチが考え込んだ。
「何か思い出した?」
「いえ、思い出したというよりは、ひとつ気になっていたことがあって」
「何?」
「神さまの服装です。美しく透き通るような白でした。もしかしたら」
 スケイチに指摘されて、ミヨもひらめいた。
「そうよ、それよ!」
 ミヨは思わず飛び跳ねた。スケイチはあげぽよになっているミヨに少し驚くものの、気を取り直して続きを述べる。
「神さまは白色の何かの化身ではないかと。たとえばうさぎとか」
「そうね! どうしていままで思いつかなかったのかしら! 君って天才ね!」
「恐縮です」
「あ、でも」ミヨが思い出したかのように補足をする。「うさぎはもう一日目に違うと言われたけど」
「どのように答えあわせをされたのですか?」
「あなたさまは卯の化身ですかって」
「でしたら今度は『白うさぎ』というふうに強調してみるのはどうでしょう」
「そうね。試す価値はありそうね」
 希望が見えてきた、とミヨは感じた。手掛かりはもう見つからないと思いつつあったのだが、スケイチに白装束のことを指摘されて、ようやく答えの方向性が掴めてきた。
 これならそう慌てずに逃亡の策を練らずによいかもしれない。あの神さまとやらが正直に答え合わせをしてくれることを信じて、白い動物や植物を洗いざらいに挙げていこう。
 まずは命の安全を確保できそうだ。
 ミヨは笑顔になりながら、スケイチとともに本草書から白い生き物を探す作業に取り掛かった。

  *      *

 夕飯の時間まであまり時間がなかったものの、ミヨとスケイチはとりあえず一回の答え合わせに十分な量の白い生き物を探すことに成功した。たぶん可能性が高いだろうということで、動物を優先して答え合わせすることにした。
「あなたさまは白兎の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白虎の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白猫の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白狐の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白熊の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白蛇の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白狼の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白鹿の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白鳩の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白羊の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白鶏の化身ですね」
「いいえ」
「あなたさまは白鼠の化身ですね」
「いいえ」
 ……
 このように答えを挙げていったが、結果は全滅だった。
「食後の用事のために、わたしはもうあなたたちに付き合うことができません」
「お待ちください!」
 ミヨが慌てて白装束の男を引きとめて、男に訊ねる。
「この少年もわたしと同じように『ななそじあまりむつの謎かけ』に挑むのですか?」
「はい。ただし、日にちの制限は一人目のあなたに準じます」
「お互い協力して一緒に答えを導けということなのでしょうか?」同席しているスケイチが聞いた。
「はい。二人して謎かけに挑むようにしてください」
「なぜ――」ミヨが理由を聞こうとする。なぜスケイチは謎かけを解かなければならないのか。なぜミヨは贄のままなのか。聞きたいことはいろいろあった。
「あなたたちが知る必要はありません」
 男はミヨの言葉を遮り、それだけを言い残して立ち去ったのであった。
 その次の日――即ち九日目――も、ミヨとスケイチは答え探しに奮闘した。朝の答え合わせは失敗に終り、二人で本草書から白い生き物を洗い出すことに没頭しているうちに日が暮れた。夕食後の答え合わせも失敗に終わった。
 その後の何日間も、二人は白い生き物を答え合わせに出したが、どれも不正解だった。本草書に頼ると同時に、「謎解きの手掛かりを探す」という名目のもとで、ミヨはスケイチを連れて屋敷の外を探索したりもした。まだスケイチのことを完全に信用できないため、ミヨは水面下の抜け穴についてはずっと彼に教えずにしていた。蔵の件についても話さず、たださりげなく誘導することで、蔵に近づかないよう探索を進めていた。
 スケイチはどうも神さまの補佐になりたい一心のようで、逃げ出したいとは一度も口にしたことはなかった。屋敷の外を探索するときも、動物や植物に関心しているだけで、逃げ道を探すようなことはしなかった。
 そして七日間の時が経ち、本草書に載っている白色の動物と植物、あげくは白色の部分が少しでもある動物や植物は全て洗いざらいに言い尽くされてしまったものの、白装束の男は「いいえ」を繰り返すばかりであった。
「もしかすると白い鉱物なのかもしれません。諦めるのはまだ早いです」
 白色の動物と植物は失敗だったものの、スケイチは気落ちすることなく提案した。本草書には鉱物も収録されていたので、スケイチはそれを見て鉱物の可能性を閃いたのだった。落ち込んでいたミヨも、ここまで来たのであれば白い鉱物を試さずに諦めるのもいけないだろうと思い、スケイチの提案に乗ることにした。
 二人は本草書に載っている白い鉱物を答え合わせで提示した。探索で拾い集めた白っぽい石や砂すらも、「あなたさまはこれの化身ですね!?」というような無茶苦茶な答え合わせもすら試みた。藁にもすがるような思いだった。
 しかし。
「いいえ」「いいえ」「いいえ」「いいえ」「いいえ」…………。
 結果は全滅に終わった。
 もう十九日目の朝だった。
「食後の用事のために、わたしはもうあなたたちに付き合うことができません」
「…………」
 ミヨにはもう、白装束の男を呼び止める気力すら残っていなかった。過去十日ほどの時間、白い動物、植物、鉱物を探し出すことに奮闘してきたが、すべて不正解に終わってしまった。「白色」という謎解きの方向性を見つけた希望は、やがて失望に変わっていき、手札を出し尽くしてしまった今では、もはや絶望といえるほどのものになっていた。
「……今日はどうしましょうか」
 うなだれているミヨに、スケイチが心配そうに声を掛けた。
「分からない」
 ミヨが震える声で返す。虫の息ほどの、気力の無い返事だった。
「白色の動物、植物、鉱物はすべて出し尽くしてしまいましたね」
「……そんなの分かってるわよ」
「どう致しましょうか」
「少しほっといてくれる?」
 ミヨは声を荒げた。机に突っ伏しになり、腕で頭を抱きこむようにして塞ぎこんだ。
「……かしこまりました」
 スケイチは悲しい顔で席を立った。

  *      *

 やはり逃げるしかない。
 食事部屋に一人残されたミヨは、そう考えていた。
 白装束だから白色の何かの化身だろうという推測をして、白色の動物、植物、鉱物すべてを答えてみたのに、結果は全部不正解だった。
 あの白装束の男は、本当に、ミヨたちに「正解」をあたえるつもりがあるのだろうか。
 もともと不利な勝負なのだ。勝敗は完全に白装束の男に委ねられている。「正解」を言い当てた時に彼が正直に「はい」と言ってくれるのならばよいものの、嘘をつけばこちらは永遠に「正解」することはできない。
 もう、無理だ。
 ここから逃げよう。
 逃げ道はもう既に確保してある。川の南端の、水面下に、壁の抜け穴があることをミヨは知っている。
 あとは、どうやってあの白装束の男に気づかれずに逃げ出すということだ。
 ここ数日間、白い動物、植物、鉱物を探すことに没頭してはいたものの、ミヨは脱出の方法について考えることも怠ってはいなかった。
 策はもうすでに思いついている。
 陰謀を企む軍師のように、ミヨはにやりと暗い笑みを浮かべた。
 それは――
 スケイチを囮として利用することだ。



(三水夏葵)

(追記:2014/10/19と2014/10/25に誤字脱字等を修正しました)