駄目男小説の大家 エマニュエル・ボーヴ

どうも、Kです。Kの『読みの国通信 ブログ版』記念すべき第一回といきたいと思います。

今回紹介する小説家は20世紀前半のフランスで活躍した小説家エマニュエル・ボーヴです。
僕が読んだ作品は彼のデビュー作『ぼくのともだち』と『きみのいもうと』だけなのですが、どちらも駄目男小説の傑作なので、自分は駄目男だと思っていたり、駄目男が好きだったりする人はぜひとも読みましょう。
発表当時フランスでもそこそこ人気のあった作家らしいのですが、戦後フランスではサルトルボーヴォワールを中心に「アンガージュマン」の文学、つまり政治参加や行動の文学という風潮(世界のどこかで戦争で人々が死んでいるのにのんきに小説なんか書いてていいのか、という戯言めいた文学運動)が起きたのですっかり忘れられていたらしいのです。もちろん一部の人の心には残り続けたわけで、ボーヴを愛し続けた人の中にはかのサミュエル・ベケットもいました。そしてようやく21世紀になり、世界的にこの寂しい男たちの物語が再評価されるようになったのです。

『ぼくのともだち』は題名に反してともだちのいない孤独な男の物語で、「ともだちのためには、自分のすべてを投げ出してもいい」とまで言うくらいともだちを欲しがっています。そして章ごとにともだちが出来かけるんですが、結局いつも失敗します。それもそのはず、この男、ともだちの作り方が根本的に間違っています。まずともだちになる資格として、自分より不幸であることが要求されます。自分より幸せな男と一緒にいて惨めな気分になるのはごめんだからだそうです(ちなみにこの男、前の戦争で大怪我をし、国から年金をもらって暮らしているので、近所では働いていない男として、偏見の目で見られていて、それを気に病んでいますが、働かなくても食っていけるだけで、こっちからは幸せに見えます)。だから、この男、ともだちになろうとしている男に女の影があると過剰反応します。結婚しているのか、一緒に暮らしているのか、といろいろ訊いた挙句、例え恋人がいても、ブスかもしれないし、本当に愛し合っているとも限らないじゃないか、大体女性がこんな男を愛するものかと、これからともだちになりたいと思う相手に失礼極まりない邪推をする。そして実際にその女性にあってみて、可愛い顔立ちをしているけど、びっこを引いていることに歓喜するのです。障害者ならうらやましくないからOKというわけなのでしょうか。どういう思考なんだよと、読みながら大笑いしてしまいました。そして、この男と道ですれ違ったのに話しかけてくれなかったことに絶望した主人公は(それくらいで絶望するなよ)この女の元に行き「分かっています、あなたもあの男にはうんざりしているんでしょ」とか言って女を誘惑にかかるのです。素晴らしすぎます。ぼくも今度ともだちの彼女にこのセリフを試してみようかと思うくらいです。ともだちの作り方のテストがあれば、ぶっちぎりの零点です。
その後も、橋の欄干で「こうしていれば、誰かがぼくを自殺しそうな男と思って話しかけてくれるだろう」と佇んでいると、「あなた自殺しようとしていたのでしょう。実は私もそうなんです。一人では怖くても二人では大丈夫です」と話しかけられて、みちづれにされそうになるなど、惨めで寂しいユーモアにあふれたエピソードが続きます。この男、ともだちが出来ないことの天才というべきくらいに、友達の作り方が間違っていますが、この男にはそれを指摘してくれる友達もいないので、永遠に正しい友達の作り方を学ぶことはないでしょう。みなさんは正しいともだちの作り方ってどうやって覚えたんですか。親とかから教わったんでしょうか。大人になるまでに学べなかった人はどうしたらいいんでしょうかね?

もう一つ同じ作者で読んだのは『きみのいもうと』。直接の関係はないものの、ある意味『ぼくのともだち』の続編的な作品で、原題はぜんぜん違うのに、邦題は続編めいたものにしてあります。
こちらでは主人公はかつて貧乏だったが、いまは運良く年上の女性に拾われ、ひも暮らしをしている男で、ボーヴの主人公は大概働かなくても食っていけている。そして、この男が街で貧乏時代の友人と会い、女性の家に招待しなくちゃいけなくなるところで話が始まり、主人公がなぜだかは自分でもよく分からないけど、好きでもないし魅力的でもないそのともだちのいもうとを誘惑してしまい、それがきっかけで女性との関係に破綻をきたす所で話が終わる。
この小説の面白さは、何しろ主人公の観察の細かい所。友人を招待したときの「お前、うまくやりやがって」というようないやらしい目配せの描写とか、「貧乏人は商品についてきた箱を捨てられない」とか「貧乏人はカシミヤを異様に重宝する」とかの貧乏人観察とか、「彼女には体の様々なところに、自信のある部分がある。指先とか、目元とか。ブスってそんなものだ」などのブス観察など、かなり笑える。最後のブス観察についてはある女性から「本当にそうなんですよ! あいつらいい加減にして欲しいんですよ!」と熱い賛意が得られた。ちなみにこれは主人公を養ってくている女性の描写で、本当に容赦ないというか、正直嫌な奴である。「趣味は人間観察」などとほざいている馬鹿を見かけたら、その半開きの口にこの本を突っ込んでやればいいと思う。

総合評価
『ぼくのともだち』
読みやすさ 7/10
ストーリー 7/10
細部    5/10
文体    7/10
構成    6/10

『きみのいもうと』
読みやすさ 7/10
ストーリー 5/10
細部    7/10
文体    7/10
構成    5/10

ちなみに、読んでいないけど、このあとボーヴの小説はしだいにユーモアを失い、陰鬱の度を濃くしていくらしく、本当に自殺直前の男たちばかり書くようになってしまうらしいのです。彼のユーモア感覚が好きな身としてはちょっと寂しいことです。