何も無かったらかかないでね!

何も無かったらかかないでね! その15.5(番外編)

※時系列としては、その15の直後に位置するエピソードです。 ※その16(最終回)の展開を示唆する内容が含まれています。 「僕は――」 そう切り出した時点では、何を言うのか決まっていなかった。言いたいことは山ほどあるつもりだったけど、この会合で藤村…

何も無かったら書かないでね! その16 《最終回》

かちゃり、と胸ポケットの中で金属音がした。 「中学のときの友達がさぁ──」 目の前の美弥子は音になど気づかない様子で話を続けている。私はさり気なく胸元を手で抑え、それで? と話を促した。 「その子の高校だと、雰囲気がオープンっていうのかな? そう…

何も無かったら書かないでね! その15

「終わりにしよう。藤村さん、もう君の計画が成功する見込みはない。全て元通りに。君の手で振り出しに戻してくれないか」

何も無かったらかかないでね! その14

あれから、まもなく――まもなく、というこの主観的な表現は実に曖昧なもので、だからあるいは、長い時間が流れたのかもしれない。それほど僕がぼんやりと、空っぽな時間を過ごしていたということにしかならないかもしれない。 いや、そんなことはどうだってい…

何も無かったらかかないでね! その13

僕と修一は、それぞれ片手にコンビニのビニル袋を持って歩いていた。 袋の中は、現在自宅謹慎をしている水野雅臣のもとへのささやかな差し入れだ。自分たちの罪もまとめて被っているようなものだと思うと、向こうから申し入れられ頼まれたこととはいえ、二人…

何も無かったらかかないでね! その12

水野雅臣を停学処分にするという、素っ気ない記事が載った生徒会報が事件の翌日、夏休みの諸注意のプリントとともに配布された。なんでも、理由は学校の秩序を乱す行為をしたからだということだが、例の絵は水野先輩の仕業だというのは事件直後から噂になっ…

何も無かったらかかないでね!その11

藤村雪帆にとっては水野雅臣の行動など大した痛手ではなかった。羊の群れの番犬をしているわけではないのだから、その中にごくまれに羊でない何かが混ざり込んでいたとしても予想通りでしかない。しかし、だ。 「意外でしたね」 瀬々重祢の言葉に雪帆はキー…

何も無かったらかかないでね! その10

――最近、なんだかクラスの雰囲気がよくなった。 いや、一年二組だけでなく、学校全体の雰囲気が。廊下を歩いていて、特にそう思う。外は今日も雨なのに憂鬱そうな顔をした生徒はどこにもいない。もちろん僕の目に映った範囲内でだけど。 みんな溌剌としてい…

何も無かったらかかないでね!その9

一年一組。帰りのホームルームの直後、担任から例の生徒会アンケートが配布された。他のクラスでも今頃同じことをしているはずだ。――いや、「はず」ではなくて絶対に。放課後、生徒を解散させる前に全校一斉に行うように指示したのは、他ならぬ私自身なのだ…

何も無かったらかかないでね! その8

すぅ、と息を吸い込み、可能な限りはきはきとした声で話し出す。 「みなさん、こんにちは。新生徒会長を務めさせて頂くことになりました、藤村雪帆です──」

何も無かったらかかないでね! その7

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン――。 朝礼の時刻を告げるチャイムが鳴り、ゴ−ルデンウィーク明けの騒々しさで溢れていた体育館が静まり返る。それと同時に緞帳が上がり、誰もいない舞台が顕わになった。椅子が四つ並んでいる。

何も無かったらかかないでね! その6

『林達弘が辞退した』 そのニュースは学校を激震させるほどの威力はなかったけれど、そのことによって生じた事態は十分に生徒たちに衝撃を与えた。特に、常に一組が絶対、という状況に慣れた上級生にとっては、非・一組の生徒の生徒会入りは大事件だった。 …

何も無かったらかかないでね! その5

ガラリと乱暴な音を立て、後方の扉が突然開け放たれた。教室内にいた生徒たちは何事かと一斉に顔を上げる。 「あの、開票作業中に一般の生徒は——」 一番ドアの近くにいた女生徒が腰を浮かせたが、その口から「入室禁止」の単語が紡がれる前に固まってしまっ…

何も無かったらかかないでね! その4

四月の最終水曜日。ようやく僕は藤村さんの姿を見ることができた。舞台の上の彼女を見上げるという構図は入学式のときと似ている。彼女の視線は演台に立つ二年生へ向いていて、当たり前だけど僕のことなんて見ていない。 立会演説会があることは、先週修一か…

何も無かったらかかないでね! その3

気づいてみれば、すべては夢でした。 ……という展開を期待して目を閉じてはみたものの、何も変わらなかった。といっても生来の真面目な性格が祟ってか僕に入学式中の居眠りなんてできるはずもなかったし、そもそも目を瞑る暇もなく校長の説教話は終わった。な…

何も無かったらかかないでね! その2

教室に向かう生徒に埋まった廊下を僕は修一と歩く。修一はしきりに何かを話しかけようとしているが僕の頭の中には彼女の名前がこびりついて離れない。藤村雪帆なんてそれほど珍しい名前ではないし、中学と違って学力でおおよそ集められた高校で同姓同名なん…

何も無かったらかかないでね! その1

「ありがとう」 その言葉を聞いたのは今から三年と少し前、僕がまだ小学六年だった年の初冬。その日は珍しく雪が積もっていて、友達が皆はしゃいでいた事をよく覚えている。彼女は窓から外を眺めながら、しかし他の子供達よりも明らかに大人びた様子で、僕に…